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第11話

 心持ち身を乗り出すようにしながら訊いた。いかにも興味があるという風に。本当は触れたくない話題だが、これも伊巻から命じられた今日のミッションだ。訊かないわけにいかない。  伊巻曰く「告白する前に、相手に今付き合っている人がいるか、好きなタイプはどんなのか、この二つを訊くのは恋する人間なら当然のことでしょう?」とのことだった。確かに事前にそういう探りを入れていた方が、告白の信憑性が増すだろう。それは分かっているが、しかしいざ訊こうとすると、加賀井が買った男たちと自分の特徴が合致した時の、あのおぞましく不気味な戦慄が脳裏を過ぎり、開きかけた唇を閉じてしまうのだった。  決して窓ガラスに映る自分を視界に入れないようにしながら白月は加賀井の答えを待った。どうか自分だと断定できるような特徴を彼が口にしないことを必死に心の中で祈る。  少し考える間を置いて加賀井が答えた。 「好きなタイプっていうのはないな」  意外にも一般的で汎用性の高い回答を寄越され、肩すかしを食らった。同時に、変に身構えていた自分に心の中で苦笑しながらほっと胸を撫で下ろす。 「なるほど、好きになった人がタイプってわけだな」  よくあるパターンだ。もちろん好みは人それぞれあるだろうが、年齢を重なれば重ねるほどそれに固執しなくなる傾向にある。特に三十路を目前に控え結婚も考える付き合いとなれば、好みのタイプなどにこだわっていられなくなる。『好きになった人がタイプ』という言葉は、表面上は寛容なものに聞こえるが、実は年齢と諦観を重ねた故に身についたしたたかな柔軟性にすぎないのではないだろうか、とも思う。  だから、少なくとも見目においては女性から掃いてて捨てるほどの好意を寄せられそうな目の前の男が、このしたたかな柔軟性を含んだ言葉を選んだのは意外だった。しかも加賀井がその言葉を口にしても、卑屈さも、したたかさも感じられないからまた嫌みだ。  加賀井は顎に手を当て少し考える素振りを見せてから口を開いた。 「……好きになった人がタイプ、というのとは違うな。それだとまるで好きな人が次々にできていくみたいじゃないか」  加賀井の言葉に白月は戸惑った。彼の声がどこか非難がましい響きを持っていたからなおさらだ。好きな人が次々にできていく、というと見境がないような言い方だが、しかし恋が実らなければ新たな恋を見つけるのは至極当然の流れであり、そこに非難されるいわれはない。  白月は腕を組んで、唸りながら答えた。 「うーん、確かに見境がないようだけど、でも実際は好きになった人と付き合えるとは限らないし、時間がたてばまた好きな人ができる、そういうものだろ」 「俺は、そうはならなかった」  恋愛経験が決して豊富ではない白月の曖昧な返答を、間髪入れず加賀井が遮った。その声は毅然とすらしているのに、なぜか奥底から滲む苦々しい感情を否めない。  加賀井はじっとこちらを見詰めていた。いや、睨んでいたと言った方がいいのかもしれない。そう思わせるほど鋭い眼光に、思わず身が竦む。 「ずっと……ずっと好きなままだ。だから俺の好きなタイプはその人ひとりだけだ」  鋭い眼差しを向けられたまま寄越されるその言葉は、表面上は愛の告白の体をなしているが、それにしては随分重く暗い。恨み言を連ねるようかのな陰鬱な気配が言葉の端々に漂っている。この報われない想いの責任を取れ、と暗に言われているような気さえした。 「……それは、とても一途だな」  曖昧に笑って愚鈍を装い、加賀井の求愛とも恨み言ともつかない言葉をかわした。この恐ろしいほどの一途さが、自分に向けられているのかと思うと、胃の底がぐにゃりとよじれた。まるで彼の奢りである食事の消化を本能的に拒むようだった。 「白月はどんなタイプが好きなんだ?」  眼差しから陰鬱な気配を消して加賀井が訊いてきた。会話の流れから見れば普通の流れだが、会話がほぼ成り立たない男から珍しく質問を寄越され白月は少し驚いた。しかし質問自体は想定内のものだ。というより伊巻から答えを考えておけと言われた質問だ。あらかじめ準備していた言葉を舌にのせるだけなのに、さっきの加賀井の言葉を思い出すと躊躇うように舌の先が震えた。 「……俺は、物静かなタイプが好きだな」  伊巻曰く、好きなタイプを相手に近いものを挙げ自分の好意をじわりと感じさせろとのことだった。もう少し何かいい言葉があったかもしれないが、加賀井の性格を好意的に表す言葉が「物静か」しか出てこなかった。 「ふぅん、物静か、か……」  苦し紛れに絞り出した白月の言葉を加賀井が静かな声でなぞった。白月のタイプが自分の性格と一致していることに喜ぶどころか、気づいているのかさえ怪しい反応だった。伊巻の思惑には沿えない結果となったが、白月としてはその薄い反応にほっとした。もし、白月が言った好みのタイプが自分と重なると気づいたら、あのおどろおどろしい執着ともいえる一途さを加速させてしまうに違いないと思ったからだ。 「……意外だな。俺はてっきり賑やかな奴がタイプなのかと思っていた」  鼓動が跳ねた。彼の言う通り、自分はあまり話し上手ではないのでどちらかと言えば静かなタイプより、話が上手なタイプの方が好みだ。瑠璃も話し上手だったことを思い出し、苦笑になりそこねた苦いものが胸に滲んだ。 「確かに賑やかな人もいいけど、でも口数が多い人ってなんか信用できないんだよな」 「そうか。でも山下と話している時、白月はすごく楽しそうだった」 「山下?」  突然、彼の口から出てきた名前に眉を上げる。山下山下山下……、と頭の中で繰り返しながら記憶をたぐり寄せる。 「ああ! 山下か!」  快活な笑みが特徴的な少年の顔を思い出し、白月は拳を叩いた。  山下は、二人のクラスメイトでありクラスの中心人物的な存在だった。しかし彼に威張った感じはなく、誰とでもグループの垣根なく接することができるその屈託のない性格こそが、クラスの人気者の由縁だった。山下とは、とあるマイナーな漫画好きという共通点があり、その漫画の最新巻が出るとよく感想を語り合っていたものだ。 「懐かしいな。確かに山下とはよく話したなぁ」 「すごく楽しそうだった。俺なんかと話すよりよっぽど……。だから俺は白月はああいう明るくて話の盛り上がるタイプが好きなんだと思ってた」  懐古の想いに緩んだ白月の頬が思わず強ばった。加賀井の言葉が、申し訳ないほど事実だったからだ。加賀井との息苦しい会話に比べ、山下とのテンポのいい会話は心地よく、単純に楽しかった。いつも話し掛けてくれないかと心待ちにしていたものだ。  明るくて話の盛り上がるタイプ――、それとは絶望的なまでに真逆のタイプの男が、じっとこちらを見詰めている。その目はどこか不安げだったが、だからといって刹那的な憐れみで手を伸ばせばその腕ごと捕らえられ闇の底に引きずり込まれてしまいそうな、そんな不穏な影が潜んでいた。 「それは友達の話だろ。友達と騒ぐのは楽しいけど、やっぱり恋人とは静かに言葉なくとも通じ合える、そんな関係がいい」  言葉を慎重に選んで答えると、彼の眼差しから不穏な影がスッと消えた。「そうか」とだけ答えて、加賀井は食事を再開した。それにならって白月も残りのステーキを口に運ぶ。冷め切った肉は、一口目の感動が嘘だったかのように味気なかった。噛む度に腐りかけた血のような肉汁が口の中に広がった。  
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