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83 カンダラ

   翌々日、シャルロッタへと出発する当日。予期せぬ来訪者があった。  客間へと向かうと、そこにいたのは数ヶ月ぶりにみる顔だった。 「カンダラ」 「女神様、お久しぶりでございます」  アム・アヴィで出会い、新型の銃の製作を任せていた工人だ。カンダラは、雄一郎の姿が見えると、その場に片膝をついて頭を垂れた。  数ヶ月前に会った時よりも、カンダラはやつれているように見えた。後ろでひとまとめにされた髪の毛は肩口まで伸び、その目の下には色濃い隈が浮かんでいる。だが、その瞳は以前見た時よりも爛々と輝いていた。どこか狂気すら感じさせる、生き生きとした眼差しだ。 「よくここが分かったな」 「王都へと向かったところ、イヴリース殿より女神様がアム・オクタへと行かれた旨を聞き、急ぎ追いかけて参りました。今お時間は宜しいでしょうか」  丸テーブルの前の椅子に腰掛けながら、雄一郎は鷹揚に頷いた。  カンダラは即座に立ち上がると、背中に背負っていた包みを丸テーブルの上へと置いた。ゴッと重たいものが置かれた音が鈍い響く。 「新型の銃が完成いたしました」  包みを剥ぎ取ると、現れたのは黒い銃身だった。雄一郎がカンダラへと渡していたAK47によく似た形をしているが、目の間の銃はそれよりも鋭く、禍々しい空気を放っているように感じた。  黒く、冷たい銃身へと触れながら、雄一郎はカンダラへと問い掛けた。 「装填数は」 「22発です。ですが、もう少々お時間を頂ければ30発以上に増やします」 「もう少々とはどの程度だ」 「3月以内に」  歯切れの良いカンダラの返答に、雄一郎は軽く頷いた。そのまま問い掛けを続ける。 「精度は試したか」 「勿論です。女神様もどうかお試し下さい」  カンダラが口元に笑みを浮かべる。以前と変わらぬ好戦的な笑みだ。その笑みを好ましく思いながら、雄一郎はカンダラに促されるままにバルコニーへと出た。  バルコニーから外を見渡すと、赤い的が書かれたランプがいくつか吊り下げられているのが目に入った。肩越しに振り返ると、カンダラが口を開いた。 「エリザ殿に許可を頂いております。どうぞ遠慮なく射撃して下さい」  抜かりない奴だ。ますます好ましい。  カンダラに差し出された銃を受け取る。ずっしりとした重量に、胸の奥から懐かしさが込み上げるのを感じた。口元に知らず笑みが滲んだ。  銃床を肩の付け根へと押し当てて、的へと照準を合わせる。引き金を引いた瞬間、慣れた反動が体内を貫いた。パパパッと連続した発射音とともに、放たれた弾丸が空中に浮かんだランプがパッと弾けるのが視界に映る。そのまま、連続して的へと狙いを定めて撃っていく。  すべての的を撃ち終わったところで、雄一郎は銃を肩から外してカンダラを振り返った。目元を和らげて、声をかける。 「良い出来だ。よくやった」 「勿体ないお言葉です」 「たが、装填数の割にはまだ重たいな。もう少し軽量化を目指せ」 「承知いたしました」  カンダラが再び膝を落として、頭を垂れる。その頭を見下ろしながら、雄一郎は言葉を続けた。 「改良と同時に、量産を進めろ。まずは1000丁。どれ程度の時間が必要だ」 「現状の工人の数を考えますと、1日に確実に製作できる数は10丁前後かと。すれば、100日は必要かと思われます」  3ヶ月半程度かと考えながら、雄一郎は指先で軽く下顎をなぞった。指先からかすかに硝煙の臭いが漂ってくる。 「完成したものから、王都へと運び入れろ。納品先は女神隊だ。それ以外の部隊には、たとえ正規軍といえども決して渡すな。直接ゴートに渡すよう徹底しろ」  ゴートの名前を出した途端、戸惑ったようにカンダラが声を曇らせた。 「恐れ入りますが女神様。ゴート副官は王都を不在にされているようでしたが」 「不在?」 「はい。昨日、自分が王都へと到着した際、ゴート副官は出かけられていらっしゃるようでした。イヴリース殿も、ゴート副官がどこへ行ったのか分からないとおっしゃっていました」  カンダラの言葉に、雄一郎はわずかに眉を顰めた。ゴートが何の考えもなく王都を不在にするとは考えられない。だが、一体何の考えがあるというのか。  思案するように黙り込んだ雄一郎をカンダラが見つめている。その眼差しに気付いて、雄一郎は思考を切り替えるように唇を開いた。 「ならば、イヴリースもしくはヤマという中隊長を窓口にしろ。渡す際には、銃の構造と射撃方法も同時に教えるように」 「承知いたしました」  歯切れの良い答えが返ってくる。続けざまに雄一郎は問い掛けた。 「他に、何か必要なものはあるか」 「いいえ。……いいえ、一つだけお願いがあります」  否定の言葉のあと、更にその否定を否定する言葉が続けられる。何かと問うように視線を向けると、カンダラはその場に片膝をついて跪いた。 「もう一度、女神様の手に触れさせて下さい」  以前と同じカンダラの願いに、雄一郎は軽く目を瞬かせた。 「俺の手に触ったところで何にもならんぞ」  神通力でもあるわけでもない、とばかりに答えるが、カンダラは雄一郎を見上げたまま首を緩く左右に振った。 「女神様に触れさせて頂くことだけが、自分の喜びです」  カンダラの盲目的な言葉に、呆れを感じながらも左手を差し出す。差し出された手のひらを、カンダラはゆっくりと両手で包み込んだ。かすかに冷えた指先が手のひらに触れる。 「こんなものが喜びとは、お前も安いものだな」  からかうように口に出すと、カンダラは雄一郎の手を包んだまま視線をあげた。かすかに潤み、熱を孕んだカンダラの眼差しに、一瞬雄一郎は動揺した。 「自分は、女神様に一瞬でも触れることだけを考えて、この数月、銃の製作に没頭していました。貴方様に触れることがどれだけ遠かったことか……」  まるで恋い焦がれる男のようなカンダラの台詞に、雄一郎はかすかに眉を歪めた。カンダラの冷たい指先が雄一郎の手のひらをなぞる。親指の腹で指の又を辿られる感触に、首筋に鳥肌が立つのを感じた。 「この程度のことで、お前は歴史に悪逆者として名を残すというのか」  自分の中に浮かんだ怖気を嘲笑いたくて、そんな言葉をカンダラへと投げ掛ける。カンダラは迷わず答えた。  「たとえ何千何万の民から呪われようとも構いません。自分は、女神様とともに歴史に名を残せることが誇らしい。たとえ最期にたどり着く場所が断頭台だとしても、それが自分の運命です」  カンダラが薄く笑みを浮かべる。その表情に迷いはなく、かすかな陶酔すら感じさせた。  その瞬間、女神の呪いの本質は『狂奔』だと思った。民を魅了し、妄信させ、狂気へと駆り立てる。  雄一郎が手を引くと、カンダラは抗うことはなかった。尾を引くような眼差しで、離れていく指先を静かに眺めているだけだ。 「カンダラ」 「はい」 「俺は運命という言葉が嫌いだ」  ぽつりと漏らされた雄一郎の言葉に、カンダラは不思議そうに目を瞬いた。 「自分の進むべき道は自分で選べ」  そう続けられた言葉に、カンダラはわずかに唇を開いた。もの言いたげに雄一郎を見つめて、それから小さな声で呟く。 「自分は、銃を作ります。女神様のためでもなく、国のためでもなく、自分のために。自分は、工人です。今よりももっと、より良いものを、進化したものを作り続けます。祖父も父も、もっと前の祖先も、そうやって生きてきました。自分も、その道を進んでいきます」  言い切ると、カンダラは一息に立ち上がった。雄一郎をまっすぐ見つめて、そのまま軽く会釈をする。雄一郎が頷くと、カンダラは口元にかすかな笑みを浮かべた。  
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