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冷蔵庫の月 8-2

「こんな奴でも好きでいてくれる?」  青江はずるずると這い上がって河野の肩に頭をのせた。黒いコートの端を手でつかむ。やわらかい空気が身体を包む。 「俺は人を好きになってはいけないんだ。何をするかわかんないから。それでも、好きになってくれる?」 「――お前いま自分が言ってることがわかってないだろう」 「酔ってるけど、頭はまともだよ」  まともだと思ってるからまともじゃないのか。ふわりと言葉がひるがえる。 「お前、なんかおかしいよ。俺は男だよ」 「でも、時間、止めたかったんだろ」 「止めたかった」 「好き?」 「好きだよ」  青江は深い溜息をついた。欠けていたパズルの一片のように、言葉が胸の底に落ちる。 「ありがとう」  額を肩に凭れかけて笑うと、河野はひどくうろたえた表情で青江を見ていた。こんな男でも慌てることがあるのか、と悠長に考える。  ふらつく頭を上げてベンチに座り直すと、河野が頭をかかえてうずくまっていた。 「――近所のしおりちゃん五歳幼稚園児に告白されたわけじゃないんだぞ」 「しおりちゃんてなに?」 「だから仮定だって」  河野が苛ついたしぐさで煙草を取り出す。荒い動作で火を付ける。 「しおりちゃん煙草やめようよ」 「うるさい」  河野が紫煙を吐き出して頭を抱える。大して吸っていない煙草を灰皿に押しつけた。 「帰ろう。風邪ひくよ」  河野が立ち上がってペットボトルを拾う。青江が手を差し出す。河野が青江をひっぱって立ち上がらせる。  河野が前に立ってゆるいスピードで歩きだす。 「なんでそんなこと考えたんだ?」  ふりかえらずに河野が聞く。 「人を好きになっちゃいけないって」  河野は自分の顔を見ない。だから青江の顔がこわばったことに気づかない。 「いつか、話す」  酒を飲んでいないときに。青江はぽつりと付け加えた。 「ごめんね」  河野が首をかしげてふりかえる。 「いつか必ず話すから。長い話だし、いまはちょっと、うまく話せないから……」  胸に言葉がつかえる。河野は感情を抑えた、透明な目で、かすかに笑ってうなずいた。
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