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第265話 チトセ

「ただいまー」 家に着くと、俺達四人は玄関で順番に靴を脱いでバタバタと家にあがる。 母さんは買い物袋の中身をキッチンに片付けに行き、ねーちゃんは、キッチリ纏め上げていた髪をほどいて、適当に手櫛を通しながら疲れた声をあげた。 「あー疲れたぁ。秋斗ー、私先にお風呂入っていい?」 「どうぞ、お姉さま!!」 「うむ。……まぁすぐ上がるから、二人は後でゆっくり入ってね」 そしてねーちゃんは、お疲れーと言いながら部屋に入っていった。風呂に入る準備をするのだろう。 俺とちーちゃんはそれを見送り、ひとまず俺の部屋に行こうと階段に向かう……と、その時、母さんがリビングから顔を出した。 「二人とも、今日は疲れたでしょう? 今日はそうめんと生姜焼きなんだけど、いいかしら?」 おお、夏バテに効きそうなメニューだな。 俺は特に嫌いなものもないし、二つ返事でOKする。 「オッケーオッケー、むしろ食う。ちーちゃんは、大丈夫?」 振り向いて聞くと、ちーちゃんも嬉しそうに頷いた。 「はい、大丈夫です。生姜焼き、大好きですし」 「まぁ、それは良かった! じゃあ、準備出来たら呼ぶから、適当にしててね。……あら、梓はお風呂?」 「あ、そうだよ」 「あら、残念」 どうやら母さんは、ねーちゃんに手伝って貰おうと思っていたようで、少々がっかりしている。 何か手伝うかと聞いてみたけど、母さんはちーちゃんもいるからと遠慮したので、俺はちーちゃんと部屋に向かった。 ガチャリ、とドアを開けると、俺の部屋はサウナの如く暑くなっていたので、すぐにエアコンをつけた。 「あっちぃ。ごめん、すぐエアコン効いてくると思うから……」 「いえ、そんな……! 全然、構いません」 俺が謝ると、ちーちゃんは焦りつつ手を左右に振った。そして、改めて俺の方を向くと、ペコリと頭を下げる。 「古谷先輩、今日はありがとうございました……! 僕、結局戻って来ちゃって……すみません」 「あー……ちーちゃん?」 頭を下げたままのちーちゃんに、俺はそっと近づき、華奢な肩に手をかけた。 「ちーちゃんは、暫くうちの子な。だから、気なんて使うなよ。……ほら、俺の弟ってことでいいじゃん?」 「お、弟……」 「そ、弟。ほら、試しに "お兄ちゃん" って、言ってみ?」 「え……!? あの、えと、お、おに……ぃ……っ」 頑張って言おうとするものの、ちーちゃんは真っ赤になって俯いてしまった。 「ぷっ、顔、真っ赤」 「っもう……! だって、僕……兄弟とかいないし、そんなの……初めてで」 ちーちゃんはますます赤くなりながら、肩を竦めて小さくなる。 (……かわいいな) 俺はついイタズラ心が疼いてしまい、ジリジリとちーちゃんに迫って、壁際に追い詰めていく。 「だめ、言ってよ。……言ってくれないと……」 俺はそっと、ちーちゃんの耳元に唇を寄せた。 「今夜も、ちーちゃんが眠れないぐらい弄っちゃおうかなぁ」 「……っ!」 瞬間、ちーちゃんの肩がビクンッと跳ねた。口からは小さく吐息が漏れ、俺のイタズラ心を益々増幅させてくる。 「聞きたいなぁ。俺、ねーちゃんはいるから自分が呼ぶことはあるけど、お兄ちゃん、とかって……呼ばれてみたいなー」 「そ、んな……僕っ……」 「なに……もしかして」 とん、と壁に手をつき、ちーちゃんの体を腕の中に閉じ込める。そして更に顔を寄せ、唇が触れそうな距離で止まった。 「……恥ずかしい?」 「……っは、い……」 「ふ……かわいい……ほら、唇……動かせよ」 「……んっ、ふ……ぁ」 軽く啄むように口付けると、ちーちゃんは可愛い声で僅かに喘ぐ。……たまんねぇ。 「ちーちゃん…………千歳?」 「……っ」 ちゃんと名前で呼んでみると、ちーちゃんの目が見開かれ、キラキラと輝きが増す。 「千歳、ほら、早くしろよ」 「お、お……兄……っ」 「だめだな、不合格」 「んんっ……!」 不合格の場合は唇を奪う。俺の中で、そんなルールが勝手に作られた。 「……はい、もう一回な」 「……っやぁ、おに……ちゃ……」 「んー……おしい、かな」 「んむ……っん、ぁ」 ……イジワルかな、俺。 結局、ちーちゃんが "お兄ちゃん" って呼べたところで、どうせもっと深いキスをしてしまうと思う。 「もー、時間かかりすぎじゃね? 夕飯出来ちゃうだろ~? は・や・く」 「う……お……お兄……ちゃん……?」 「……っ」 お兄ちゃん、と小さく呟いたちーちゃんに見上げられた瞬間、心臓が……止まりかけた。 「……ったく、俺を殺す気かっつーの」 「え……っ! そん……っん」 ……予想通り。 俺はちーちゃんの唇を深く深く奪っていた。舌先で唇を強引に押し開け、口腔を思う存分舐め尽くしていくと、ちーちゃんも必死に応え、受け止める。 (可愛い、可愛い……千歳) 俺は暫くキスを堪能してから、ちゅっと音を立てて、名残惜しい気持ちのまま唇を離した。 「……ああ、ほんと……かわいい、襲いたい……」 掠れる声で言いながら、親指でゆっくりと、ちーちゃんの薄いピンクの唇をなぞる。 「古谷……せん、ぱ……ぃ」 「……やべぇな、こんな顔で下に降りたら、ぜってー怪しまれる」 「です、ね……」 ちーちゃんは今のキスで腰が砕けてしまったのか、俺にしがみついたまま頬を蒸気させ、目はすっかりトロンとしてしまっている。 「エロい顔……今夜はやっぱり、寝かすわけにはいかねぇかな……」 そっと頬を撫でながら言うと、ちーちゃんが僅かに笑みを漏らした。 「ええ、お兄ちゃんて、呼んだのに……?」 「ふっ……そうだな」 俺も小さく笑いながら、ちーちゃんのオデコに自分のオデコをコツンとくっつけた。 「好きだよ……千歳」 「……っ僕も……好き……古谷先輩」 「ん、知ってるし」 クスクスと笑い合い、再び唇を重ねていく。 (幸せだ、俺、今……すごく) 恋愛って、こんな風にフワフワして、甘ったるいものだったんだな、なんて実感する。 この先、ちーちゃんがどうなるのか、まだ心配はあるけれど……。 俺は今のこの幸せを、身体中に精一杯感じる。 ちーちゃんの温度や匂い、呼吸に神経を集中させると、二人だけの世界にいるようで、自分の部屋に居ることすら忘れてしまいそうになる。 (愛しい……なんて) そんなキザっぽい事を、自分がごく自然に思える時が来るなんて。俺はちょっと恥ずかしくなり、密かに頬を染めた。 と、そこへ、 「秋斗ー、千歳くーん、夕飯の準備、出来たわよー」 母さんの呼ぶ声が響き、俺達は慌てて体を離した。

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