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第1話

 椚田涼司、三十歳。 身長はそれほど高くはないが平均以上、細マッチョ、そして自他共認めるイケメン・モテ男だ。 なのに悲しいかな、久しぶりに本気になった相手に、つい先日振られてしまった。ちなみに相手は男。  何でも叶えてやって、俺なしでは生きられないぐらいにしてやろうと、それはそれはかいがいしく尽くしてやったのだが。 こっぴどく振られた相手を忘れられず、どうにも辛そうでみていられなくなり、結局涼司がお膳立てして元サヤ。  ちなみに、その相手も、男。その上直属の上司だった。笑うしかない。いや、笑えない。  涼司は現在夏期休暇を利用し、家族揃って旅行中だ。何でも妹がついに結婚するとかで、最後の家族旅行というわけだ。 涼司にとっては傷心旅行も兼ねているが。  国内ではあるが、有数のリゾートホテルに連泊し、スケジュールは詰め込まずにゆったりとした時間を過ごす。  この歳になって常に家族と行動するのも面倒なので、涼司は食事などを除くと主に一人で行動していた。 ボケーッと海を眺めたり、部屋で一人ぼんやりしたり、昼間からホテルのミニバーで酒を煽ったり。 「うわっ」  ぼんやりしていた意識が急にはっきりとする。 「ごめんなさい!!」  目の前で知らない女が謝っている。 涼司はというと、肩から腕、太腿にかけてびっしょりと濡れている。 酔った女が持ったグラスの酒ーー最悪なことに赤ワインーーがかかったのだ。 「すみません、本当に、どうしよ、あの、連絡先」  目に見えてオロオロする女をやんわりと制し、別の人物が割って入った。 「お客様、こちらを」  いくつかのおしぼりを手にした男は無駄のない身のこなしでその場に座り込み、涼司におしぼりを渡すと自分もおしぼりを手に涼司の肩や腕をトントンと叩き出した。 「じ、自分でやります」  なにこのデジャブ? 以前にも確かこんなこと… 「…失礼いたしました。おそらく色が落ちないかもしれません、早急にクリーニングに出された方が 良いかと存じます。お部屋でお着替えをお済ませになったら、こちらにご連絡いただければすぐに手配いたしますので」  男はそう言って、涼司に名刺を渡した。 ここのホテルの副支配人だった。 黒髪をきっちりと撫でつけ、真っ黒なスーツを着こなす痩せ型の長身。少し神経質そうにも見える銀縁眼鏡の奥の細くて鋭い眼光、そして洗練された所作、言葉。副支配人であることにも納得する。  名刺には、佐倉文明と書かれていた。
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