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第9話

「…うぁ~…」  黒歴史旅行から一週間、夏季休暇も終わり涼司はすっかりいつもの日常の中にいた。 でも未だにあの件を思い出しては、穴があったら入りたい思いに駆られるのだった。  デスクで頭を抱え、地団駄踏んで悶絶していると、 「働かないならさっさと帰れ」  帰り支度を始めている、例のにっくき上司から嫌味を言われた。 もう終業時間は過ぎていた。 勤務時間中一切見ていなかったスマホを確認すると、見知らぬアドレスからメールが届いている。 開封すると、あのホテルからだ。  滞在中のことで、確認したいことがあるから時間を割いてくれ、本日研修のため大阪に行くから直接話ができないか、と。 最後の署名はー  佐倉文明。  研修会場は南港、研修が終わるのは18時と書いてある。現在19時。 弾かれたように地下鉄に飛び乗る。 「副支配人さん?!まだいてます?!今南港着いたんですけど!」  メールに書かれた携帯の番号にかけると、佐倉の声が答えた。 「メール見てくださったんですね。大丈夫ですよ、まだまだ居ます」  指定された場所に着くと、すっかり夜の帳が下りており、海越しに派手なネオンが遠く煌めいている。  海遊館、観覧車、西日本最大級のアミューズメントパーク…  最愛の人と、元サヤにおさまったクソ上司と三人で、不本意なトリプルデートをした辺りだ。 もう二度と来たくなかったのに。  ヤシの木がライトアップされ、ところどころ海に突き出たデッキが点在する、そのデッキの一つに佐倉はいた。 副支配人の時のまるで礼服のようなかっちりとしたスーツとは違い、上着とネクタイはなくワイシャツにスラックスで、袖は折り返している。 普段ぴっちりと撫でつけられている髪も、自然に額にかかっていた。 「副支配人さん!」  涼司が息も絶え絶えに走り寄ると、佐倉は吸っていた煙草を携帯灰皿に放り込んだ。 「佐倉で結構です。わざわざご足労いただ」 「滞在中の確認したいことって何」  挨拶もろくにせず、息切れのおさまらぬまま問い詰める。 佐倉は小さく咳払いを一つ、それからゆっくりと口を開いた。 「では早速お伺いいたします。例の夜の件ですが」 「あーあーあー!!!!」  言いかけた瞬間、涼司が耳を塞いで叫び出した。 「お話、続けても?」  しばらくして佐倉が了解を得ようと首を傾けてくる。涼司は海を見たまま頷いた。 「出会ってたった数日、仕事中の一面しか見ていない相手に、休暇中の非日常な空気に流されて、しかも同性相手に、軽はずみにも告白されたその後のお気持ちをお聞かせいただければと」  涼司の胸には太い杭が五本ほど刺さっている。 「あれは…もう!忘れて!ほんまにごめんなさい」  今更失態を蒸し返さないでくれ。 涼司はもう帰りたくなった。 「なかったことにする、ということでよろしいのでしょうか?」  眼鏡の奥の細くて鋭い瞳。 その眼光が、涼司を絡め取っていく。 視線から逃れるように、顔を覆って俯いてしまった。
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