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プロローグ『 醒 』- 02 / 02

 自分はそこで、そんな不安に駆られた。  しかし、上からの音は消える事なく聞こえ続けた。  まるで、自分を勇気づけてくれるかのように。  そんな事から自分は、それから幾分か迷った後に、頭を振って不安を捨て去った。  大丈夫。  きっと大丈夫だ。  だって、彼からの音は、こんなにも長く響き続けているのだから。  大丈夫。  大丈夫に決まっている。  それに、今は思い出せなくても、彼の顔を見さえすれば、すぐに思い出せるだろう。  そうだ。  そうに決まっている。  悩む必要なんてない。  それに自分は、顔は思い出せなくても、あの人が言ってくれた言葉は鮮明に覚えているのだ。  だから、会って話せば絶対に分かるはずだ。 ――俺が君を一生幸せにするよ  温かなシーツの中で、彼はそう言ってくれた。  お互いが溶けて混ざり合ってしまうのではないかというほどの濃厚な時間を過ごした後。  自分を抱きしめながら彼はそう言ってくれたのだ。  いつもいつも、この髪を撫でながらそう言ってくれたのだ。  それに、彼はずっと自分の事だけを見ていてくれた。  そんな彼が嘘を吐くはずがない。  あの言葉は真実以外の何物でもない。  だからやはり、この音は、自分を助けに来てくれた彼のものなのだ。  彼は、自分を救い出しに来てくれたのだ。  だから、この足音は彼のものだ。  この声も、彼のものだ。  そうに違いない。  そして、そのように様々な事を確信した自分は、それから期待に胸を膨らませながら彼の助けを待った。  だが、どれだけ待っても彼はこの空間に来てはくれなかった。  自分は、その事に大いに落胆した。  だが、これは彼のせいというわけではない。  しいて言うならば、この場所のせいだ。  彼はどうやら、この空間の存在に気付いていないようなのだ。  そんな事から自分は、きっとここは隠されているんだろうと思った。  だから彼は、ここの存在にすら気付けず、自分を助けられないままの時間を過ごしているのだ。  そして、そんな彼はきっと、もどかしくて辛い時間を過ごしている事だろう。  何せ、救い出しに来た自分を見つけられないままなのだから。  そして、そんな彼の気持ちをを強く案じた自分は、よしと心の中で呟き決心した。  こういう時は、相手に頼ってばかりでは駄目なのだ。  自分もしっかり努力をしなければ駄目なのだ。  だから、ここで彼を待っているだけでは駄目なのだ。  ちゃんと自分からここに居る事を示さなければ駄目なのだ。  よし、音を出そう。  そうすれば、自分がここに居ると気付いてくれるかもしれない。  彼の足音や話し声は、この空間の上の方からする。  上だ。  とにかく上の壁を叩こう。 ――コンコン  まずは軽くノックをしてみた。  なんとなくだが、最初から大きな音を出すのは気が引けたからだ。  だが、それから何回もノックしてみたが、彼は気付いてくれなかった。  やはり、これでは音が小さすぎるのだろう。  そして、そう判断した自分は、今度は意を決して力強く叩いてみることにした。 ――バンバン…… ――バンバン……  だが、駄目だった。  彼は、これでも気付けないようだった。  そして、その事実と、これまでよりも強く聴覚が刺激された事で、自分の中にじわじわと焦燥感が沸き上がってきた。  そして、一度叩き始めたら止まらなかった。  自分はそれから、焦燥感に背を押されるまま、更に強く上の壁を叩いた。  早く、早くこの場所に気付いて。  早く貴方に会いたい。  ここに居る。  ここに居るんだよ。  自分は今、ここに居るんだよ。  必死に助けに来たのに、見つからなくて辛いんでしょう?  探し回っているのに、見つけられないのが辛いんでしょう?  愛しい人に会えなくて辛いんでしょう?  分かる。  会えなくて辛いのは自分も一緒だから、凄く分かるよ。  だから、早く気付いて。  自分はここに居る。  早く会いたい。  そして一刻も早く、貴方をその辛さから解放してあげたい。  だから早く気付いて。  会いたいのは同じなの。  早く、早く早く貴方に会いたい。  そして、自分はそれから、そうして彼を強く思うままに、何度も何度もがむしゃらに上の壁を叩いた。 ――バンバン!  叩き続けた。 ――バンバン!  これでは足らない。 ――バンバン!  こんなんじゃ駄目だ。  だって、彼はまだ気付いていないから。 ――バンバンバン!!  会いたい。 ――バンバンバンバン!!  会いたい。  会いたい。 ――バンバンバンバン!!  会いたい会いたい。 ――バンバンバンバン!!  会いたいよ。 ――バンバンバンバン!!   会いたい。 ――バンバンバンバン!!   会いたいの会いたい会いたい。 ――バンバンバンバンバンバンバンバン!!  会いたい会いたい会いたい。 ――バンバンバンバンバンバンバンバン!!  ねぇ気付いて。  ねぇ早く。  ねぇ、ねぇ。  ねぇ!! 会いたいの!! ――バン!!!!!  早く会いたい!!!!! ――バン!!!!!  会いたい会いたい会いたい会いたい!!!!! ――バンバンバンバンバンバンバン!!!!!  早く!! 早く会いたい!!!!! ――バンバンバンバンバンバンバン!!!!!  会いたいの!!!!! ――バンッ!!!!! ――ガタンッ……  そして、彼を思うままに何度も何度もやけくそになって上の壁を叩き続け、心の昂ぶりが頂点に達し、更に力を込めて叩いたその時。  不意に、叩いていた上の壁が音を立て、一瞬浮き上がったのを感じた。 (………………開いた)  どうやら、壁だと思っていたその部分は、この場所を隠す為に載せられていた重い板のようなものだったらしい。 (壁じゃなかった! これさえどかせば出られる! やった! これで、これで出られる! 出られる! あの人に会いに行ける!!)  自分はその事に喜び、すっかり重くなった体に力を入れた。  そして、まだ膝下の感覚が戻ってこなくて苦労したが、それでもなんとかそこから出ようと頑張った。  早く、早く彼のもとへ行って愛していると伝えなくては。  彼は一生一緒だと約束してくれたんだ。  彼は一生愛し続けると言ってくれたんだ。  彼は一生幸せにすると言ってくれたんだ。  だから早く。  早く早く。  早く、彼のもとへ行って、その想いを確かめなくては――。  そんな思いのもと、上の壁を浮かすようにしてずらし、その穴の淵に手をかける。  そして、身を乗り出すようにして更に両腕を載せ、そのまま歯を食いしばるようにして、重たい下半身を持ち上げ、私はその暗闇の外に出た。 (大丈夫だよ。待っててね。今、行くから――)                    

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