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第七話『 気になる彼 』 下

       瑞季(みずき)が寮棟のエントランスに入り、購買で何かと考えていた所、ふとソファを見ると、そこには白狐(びゃっこ)学園のものではない制服を着た人物が座っていた。  その人物は恐らく、瑞季たちと同じく高校生なのであろう。スマートフォンでも見ているのか、顔を伏せてしまっているので顔はわからなかったが、色白な肌と艶やかな紫髪が瑞季の目を引いた。そんな彼の後ろ髪もまた白く染められており、その独特のグラデーションカラーは妙に美しく見えた。  そんな彼につい見入っていると、その男子高生は瑞季の視線に気づいたのかふと顔をあげ、瑞季と目が合うなり微かに首を傾げるようにしてにこりと頬笑んだ。  瑞季はそんな微笑みを受けてどきりとする。彼は唇にピアスをしている上、耳にも随分とピアスをつけているようだった。そんな彼の顔を見て、瑞季は真っ先に美人という印象を受けた。  瑞季はそこで、自分は美人の微笑みに弱いのかもしれないと思いながらも、慌てるように口を開いた。 「あの、他校の人ですよね。もしかして誰かに用事ですか? 良かったら呼んできますけど」 「え? あぁ、ありがとうございます。でも待ち合わせしてるんで、大丈夫っすよ。もう降りてくると思うんで。どうも」  そう言った彼はまた愛想の良い笑みを浮かべる。  瑞季はまたそんな彼の微笑みにまた翻弄されつつも、それなら良かったです、とだけ告げ、足早にその場を立ち去ろうとした。  すると、今度はそこへ瑞季の名を呼ぶ聞きなれた声が響いた。 「あれ~? もんちゃん?」 「うお、美鶴(みつる)」  直前に初対面の美人に翻弄されたというのに、今度は恋している美人が眼前に現れ、瑞季の心はすでに右往左往といった様子であった。 「あ! 真智(まち)もいた~! お待たせ~!」 「おう」  美鶴に“真智”と呼ばれて立ち上がったのは、先ほどの紫髪の男子高生だった。  どうやら彼が待っていたのは美鶴だったらしい。  そんな彼は先ほどとはまた違う、酷く優し気な笑みを浮かべた。  瑞季は、彼のそんな笑顔を見て、また心臓が騒がしくなった。  今日でこの命は絶えるのだろうかと思う程のサービスデーである。 「ちょうどよかった。紹介したいと思ってたんだよね~。あのね真智、この人が今のルームメイトのもんちゃん!」 「あ、そうだったのか」 「うん。で、もんちゃん、こっちが俺の幼馴染って言ってた真智だよ」 「あっ、前に親友って言ってた」 「そうそう!」  そうして美鶴からお互いの紹介をされた事で、真智という名の紫髪の男子高生は瑞季に向き直り、また愛想よくにこりと微笑みながら自己紹介をした。 「ども、八雲(やくも)真智っす。美鶴がいつも世話ンなってます」 「いえ、こちらこそ。夜桜(よざくら)瑞季です。――あの八雲さんの学校って」 「あぁ、学校は鷹ノ宮(たかのみや)っす」 「あぁやっぱり。なんか見た事ある制服だなって思ったんですけど、鷹ノ宮高校の制服なんですね」  "鷹ノ宮"というのは、瑞季らの通う白狐学園の近隣にある都立の男子校の名で、少し変わった行事が()り行われている事で有名な高校だ。  どうやらその近隣高のものであったがゆえに、瑞季はその制服に見覚えがあったようだった。 「――ってすんません、引き止めて。美鶴も悪い、これから出るんだったよな」  瑞季が慌てるようにそう言うと、美鶴は思い出したようにして言った。 「あ、うん! 今改めて連絡しようと思ってたんだけど、今日は帰り遅いかもしれないから、お腹すいたらご飯食べちゃってね。昨日のカレーも残ってるから」 「おう、さんきゅ。帰り、気をつけてな」 「うん! ありがとう! それじゃ、何かあったら連絡してね」 「ん」  そんな会話を交わした後、瑞季はエントランスを出てゆく美鶴と真智の後ろ姿を見送り、その足で購買に寄り、寮室へと戻った。  そして瑞季(みずき)は、購買で買ったアイスを(かじ)りながら、先ほど見送った二人の後ろ姿を思い出していた。  以前より、あの真智(まち)という人物の事は美鶴(みつる)からもよく聞いており、幼馴染で親友というだけあり、かなり信頼をおいているらしかった。また、中学時代に美鶴に“無理な恋などするものではない”と進言したのも、あの真智なのだそうだ。つまり、彼もまた晃紀と同じように、美鶴の事をずっと見守ってきた存在なのだ。  瑞季は、そんな真智の微笑みをふと思い出す。実は自己紹介の際に近くで見てわかったのだが、真智の左目には泣きボクロがあった。それがまた彼の美人な顔に色を持たせていて、瑞季はそれにもどきりとしたのだが、そこで美鶴の事を思い出してはひとつ唸った。 「う~ん、やっぱ類は友を呼ぶって本当なんだなぁ……」  学業と共にモデル業を営んでいる美鶴は、ネットでの評判をみてもやはりイケメンに違いないらしい。女性ファンからもかっこいいという評判が絶えず、その引き締まった体もまた筋肉男子好きの女性陣を魅了していた。 (まぁ、内面が可愛いって評判も凄いんだけど……母性本能くすぐるって奴なのかな……)  ただ、美鶴はもちろんかっこいいという部類には入るのだろうが、瑞季からすると美人という印象が強かった。そしてその大親友である真智も美人であった。  そうして、その日は随分と目の保養を受けたなと思った瑞季は、ほくほくとした心持ちのままに物思いにふけっていたが、そこでふと思い至った事があった。 (そう言えば……)  美鶴は以前、晃紀(こうき)実和(みちか)との体の関係を"本当に親しい人とのスキンシップの延長みたいなもの"と言っていた。 (母親同士が仲良しで、生まれる前から幼馴染とか言ってたもんな……それであんだけ親しくしてる相手って事は、もしかして八雲(やくも)さんともそういう事してんのかな……あれ、しかも前――)  瑞季はそこまで考えたところで、美鶴が以前にもうひとつ言っていたとある事を思い出した。 ――その親友の童貞貰ったの俺なんだよね……。俺でいいっていうから卒業のお手伝いみたいな感じでしたけど、本当に俺でよかったのかなって未だに思ってて……  もし、瑞季の予想が当たっているならば、その親友というのはあの真智の事だ。  つまり、真智は美鶴との交わりで童貞を卒業したという事になる。  そして、一度そういう交わりがあったのだとすれば、真智に恋人がいない限りは体の関係も続いている可能性は高い。 (ん~、でも真智さんあんだけ顔良いし、女子から見たら普通にイケメンだよな。彼女とか普通にいそうだし……――つか、男同士ってどうやんだろ……)  瑞季はそこまで考え至ったところで、男と付き合っていたというのにそこを知らなかった事に自分で驚いた。  これまで付き合った同性は、以前付き合っていた後輩だけだ。彼とはもちろんキスはした。だがその先に進むには、環境的にも機会がなかったのだ。  そしてそれは、これまで付き合ってきた彼女たちとも同じで、ハグしたり手を繋いだりキスをしたりすることはあった。だが、本番に至るには、どの相手との時もうまい機会がなかったのだ。  また、瑞季は性欲がないわけではなかったが、そんな性欲は適度な自慰行為と水泳で十分に発散されていたようで、衝動的に相手を襲いたくなるような事もなかった。  それゆえに瑞季は、現在も童貞なのである。  そんな童貞少年は、ふと思い立った事から、広げておいた教科書を放置し、スマートフォンを手に取った。  そして、――男同士ってどうやるんだ?――という謎を解き明かすべく、ネットの海へと出航したのであった。  

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