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第十三話『 絆 』 上

      「ねぇ真智(まち)」 「ん?」 「洋ちゃんともんちゃん……何話してると思う?」 「ん~……」  すっかり暖まった室内で、猫のようにぴったりと寄り添い合っている美鶴(みつる)と真智はそんな会話を交わす。 「そうだな……何買ってく? とか」 「ま、真智………………」 「え、なに……」 「君は天才かね……なんてつまらない回答なんだ……」 「……ッ」  美鶴が大袈裟に深刻な表情を作ってそう言うので、真智は思わすそれに噴き出した。  そして、そんな二人が背もたれにしているベッドでは、これまでごろごろとくつろいでいた実和(みちか)が笑い転げている。ツボだったらしい。 「――つか、あいつらが二人きりになるのってこれが初めてか?」 「うん、そうだと思う」 「筋トレの話でもしてるんじゃない~?」 「………………」 「………………」  美鶴と真智が思考を巡らせながら会話をする中、洋介(ようすけ)のベッドが酷く心地よいのか、満足げにごろついていた実和がふと思いついた事を口にした。それを受けた二人は沈黙する。  そして、美鶴が口を開いた。 「どうしよう……めっちゃありそう……」 「ヨルもなんだかんだスポーツマンだしな……気になってる可能性はある……」 「ヨルの背筋めっちゃ凄いもんねぇ~」 「うん、最近は部長推薦でバタフライで大会登録される事が多いって言ってた」 「じゃあ筋トレの話だな」 「きっとそうだね」 「あはは~ウケる~冬なのにあつくるしぃ~」  そうして三人は、洋介の家でぬくぬくとしながらもんもんと、買い出しに出ている友人たちについての予想を展開していたのであった。     ― 虹色月見草-円環依存型ARC-ツキクサイロ篇-Ⅰ❖第十三話『絆』 ―      夏休みが過ぎ、季節は秋に移り変わった。  そして急ぎ足で過ぎて行った秋はといえば、すっかり冬へのバトンタッチを済ませてしまい、都内も寒空が続く日々となった。  そんな十一月下旬。真智(まち)は誕生日を迎えた。  美鶴(みつる)、真智、洋介(ようすけ)の三人は、幼い頃からそれぞれの誕生日は集まってお祝いをするというのが常だった。  子供の頃は三家が集ってということが多かったのだが、高校生になって以降初めてとなる今年の誕生日は、親たちの配慮もあり、当日は子供たちだけで集まるようにと変わったのだった。  そういった事から、その年の真智の誕生日祝いも子供たちだけが集まり、こうして洋介の家で開催されているのであった。  そして、そんな祝いの会に無事にスケジュールの都合がついた瑞季(みずき)も参加することになったのだが、そのさなか、 「コンビニ行って来るけど、何かいる?」  という洋介の声掛けがあった事をきっかけに、瑞季がそれに同行する事を申し出た為に彼らは共にコンビニに出る事になったのであった。  なぜ瑞季が同行を申し出たのかと言えば、洋介と二人で話がしたかったから――というわけではない。  実のところ、暖房が効いたその部屋も心地よかったのだが、なんとなく風にあたりたい気分だったのだ。  更には運動部精神が働き、家主である彼が行くなら自分も――という事もあり、瑞季は同行を申し出たというわけであった。 「――煙草ですか?」 「あぁ、いや。煙草はコンビニでは買わない――っていうか買えないからね」 「あ、やっぱ洋介さんでも年齢確認されるんですか?」 「いや、多分私服だったらされないかな。でもまぁ、あそこは制服で行く時も多いから。そもそも買おうとしない――が正解」 「……なるほど」  共に外に出ることとなった洋介と瑞季は、しんと冷え始めた寒空の下、そんな会話を交わしながらコンビニへと向かっていた。  そして瑞季は、そこで洋介の言葉を聞き、大きく納得していた。  洋介は恐らく、私服であればその体格や振舞いからしても十分に成人を偽れるだろうし、そこまで厳しく年齢確認が徹底されていないコンビニであれば、スムーズに煙草を購入できるだろう。  だがそんな洋介は、逆を言えば酷く目立つ外見をしているのだ。それゆえに、二度以上店員が客として認識すれば、洋介は嫌でも記憶に残るはずだ。  そして、そんな洋介が一度でも制服でその店を利用すれば、彼が学生である事は一目瞭然。それゆえに、制服でも利用する事の多いその店で、成人と偽る事は厳しくなる。  昨今では未成年への販売物における取り締まりもずいぶんと強化された為、未成年が煙草を購入するも、未成年に煙草を売るも法律違法である事から、決して許されるものではなく、スムーズに購入する事ができないのは当然だ。  だから、その店では“そもそも煙草は買おうとしない”というわけなのだろう。  そして瑞季はそんな事を考えながら、自らの右側を歩く洋介の刺青の事を思い出す。 (あんだけ目立つ刺青入ってる上にこんなでかい高校生見かけたら、当分忘れられないだろうしな……)  洋介は、その左腕と首の後ろに大きな刺青を入れていた。その為、夏はその刺青がよく目に入り、瑞季はその度見入ってしまっていたのをよく覚えている。  高身長で赤髪な瑞季がそう思うのも妙な事であるが、深緑色の短髪に外国人のようなガタイに加え、更にそんなパンチのきいたものが加わっていれば、やはり記憶には強く残る。  となれば、やはり考えなしな行動などするものではないのだろう。面倒事は避けるのが一番だ。  瑞季は心の中で納得したようにそう思い、それからまた洋介との他愛のない会話を交わしながらコンビニへの道をたどった。 「あ、もしかして、お目当てってそれですか?」 「うん、そんなとこ」  後で清算すれば良いだろうと、ひとつのカゴに大雑把に菓子などを投げ込みながらコンビニを物色した果てに、二人はドリンクコーナーへとたどり着いた。  そこで洋介(ようすけ)がとある商品を何本か取り出したのだが、見覚えのあるそれに瑞季(みずき)はふと声をかけた。  それは冬季に発売された新商品の炭酸飲料だった。  買い込んでいる本数からしても、気に入っているのかもしれない。 「俺もだけど、うちに来るメンツがやたら飲むからね」  “うちに来るメンツ”とは恐らく美鶴(みつる)真智(まち)の事だろう。もしかすると実和(みちか)の事も含まれているかもしれない。 「ヨルも好きなの?」  パタリとショーケースの扉を閉めた洋介は、瑞季に小さく首を傾げるようにして笑む。 「あはは、はい。思った以上に好きな味で……寮の冷蔵庫にもめっちゃ入ってます」 「はは、うちと同じ状態だね」  洋介が相変らずゆったりと落ち着いた声色で笑い、そう言った。  洋介は感情を大きく示さないものの、落ち着いたそれぞれの表情は不思議としっかりとその感情を伝えてくれる。  瑞季はそれが心地よく、不思議と安心感を感じさせてくれる人というのはこういう人の事なのだろうかとも思っていた。  それゆえに、まだ初めて会ってから半年も経っていないというのに、すっかりと気兼ねなく話せるようになったのだった。 「甘すぎないからいいよね」 「そうなんすよね。甘すぎると舌に残って飽きるって言うか」 「あぁ、分かる」  どうやら味の好みが似ているらしい二人は、そんな会話を交わしながらレジに向かったのだが、その際瑞季が何か思いついたらしく、ひとつ断って洋介が会計を終えた後に別で会計をしていた。  そうして思う存分にコンビニでの収穫を得た二人は、コンビニを出て再び夕暮れの道を歩き出した。  だが夕暮れとはいえ、その時刻の冬空はすっかり暗くなっていた。 「それ、帰ったら真っ先に真智に見せてやると良いよ」 「え?」  そう言った洋介が“それ”と言ったのは、どうやら瑞季が思い付きで後から購入していたアイスたちの事らしい。  瑞季はなんとなくアイスが食べたい気分になったので、適当にいくつか購入したのであった。 「アイスですか? 真智さんが好きなアイス入ってます?」 「ううん。そうじゃないんだけど、それ見せたら凄い顔して“バカじゃねーの”って言ってくるから面白いよ」 「あっはは、なるほど」  瑞季は洋介にそう言われ、なんと想像しやすい光景だろうかと思い笑った。 「なんか、こういう寒い時季にこそ無性に食いたくなったりするんですよね……」 「あぁ、それはあるね」  冬のアイスもまた乙である、という感覚もまたお揃いらしい二人は意外と共通点が多いようである。  ただ、そんな洋介は瑞季よりも甘いものが苦手らしく、アイスはビターなものが売っているような店で買うか、美鶴や真智からのおすそ分けを貰う程度なのだそうだ。 (舌まで大人なんだな……)  瑞季がなんとなくそんな事を思いながら歩いていると、少しの沈黙の後、洋介がゆっくりと口を開いた。 「――良かったの? 美鶴と一緒じゃなくて。もしかして、気ぃ遣って一緒についてきた?」 「え?」  突然美鶴の話をふられ、やや動揺した瑞季であったが少し慌てるようにして否定した。 「あ、いえ、全然。実はちょっと風にあたりたいなってのと、身体動かしたくて」 「そうなの?」 「はい」 「そっか」  嘘をついていない、と判じてくれたらしく、洋介は穏やかにそう言って言葉を切った。  そして、今度は瑞季が口を開く。 「あの……俺もちょっと気になってたんですけど」 「ん?」 「ついてきたの、邪魔だったりしました? 俺、勢いでそのままついてきちゃったんで、後から迷惑だったかなと」 「あぁ、ううん。そんな事思いもしなかったよ。わざわざ招いた相手に邪魔なんて思わないから、安心して」 「それなら良かったです」  瑞季はそれを、洋介と共に家を出た少し後から思い始めていた為、洋介のその言葉を受けて文字通り安心したのだった。 「でも、俺、きっと洋介さんにも心配かけさせましたよね」 「心配?」 「はい……美鶴の事で……」 「あぁ」  洋介は、瑞季の言葉を受けるなり、瑞季が何を意味してそう尋ねたのかを悟ったらしく、優しげにそう声に出した。    

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