29 / 30
第十五話『 一生で一度の 』 下
「いや、ちがくて……そういう事言うのって、リアルではないもんと思ってたから……心臓が……」
「え? そ、そういうことって?」
「その、サイズの事、みたいな」
どうやら瑞季は、美鶴による“おっきい”という単語が心臓にキたという事だったらしい。
そして、それを聞かされた美鶴は、そんな純粋な瑞季に不満を漏らすことにした。
「……も~」
「な、なんだよ」
「もんちゃんさぁ、いい加減かっこいいのか可愛いのかどっちかにしてよ~、かっこいいモードのもんちゃんがそうやって突然ピュアピユアになると俺の興奮度が焚き付けられて大変なんだから~俺の心、今日ずっと繁忙期ぃ~」
美鶴はそう言いながら、瑞季の真似をするように己の目元を両手で覆った。
それに対し瑞季は少し照れくさくなりながら反論した。
「う、うっせぇな、しょうがないだろ! 童貞に優しくねぇんだよお前!」
なんとも情けない言い分ではあるが、そんな瑞季の言い分を受けた美鶴は相変わらず不満を申し立てた。
「だって~俺別に狙ってやってないのにぜぇんぶマトになりに来るからも~俺百点とりまくり~」
「あーもー、うっせうっせー」
両脚を折り畳むようにして駄々をこねるように体を左右に揺らす美鶴を抑え、瑞季はそう言いながら美鶴の下着をずりずりと脱がしにかかる。
「わっ、雑~」
「知らんっ」
そんなじゃれ合いの雰囲気を残しながら、すっかりそれらしい様子になった美鶴に瑞季は尋ねる。
「あ、美鶴、楽な体勢ってあるか?」
すると美鶴はゆっくりと体勢を変えながら、言った。
「ん、えっとね……ほぐす時は俺はこうしてる方が力抜きやすいかな」
美鶴はそう言いながら、身体を横に倒すようにした。
「わかった、じゃあ、このまま……指ってそのまま入れて平気?」
「うん、大丈夫。あ、俺そんなきつくないと思うから、あんま恐る恐るしなくていいよ」
「お、おう」
傷つけたくないあまり、瑞季は何かと尋ねながらになってしまうが、美鶴もそれに素直に答えてくれる為、瑞季はそれが有難かった。
そしてそれからやや緊張気味に美鶴の体を整えてゆく中、徐々に身体の感度も良くなってきた頃、美鶴が息を詰めるようにして言った。
「ん、もんちゃ、ごめ……」
「えっ、な、どうした」
何かしら苦痛を我慢していたのだろうかと心配になった瑞季がそう言うと、美鶴は小さく肩で呼吸をしながら言った。
「あの、やっぱ声……出ちゃうかも……」
瑞季は、美鶴が苦痛に耐えていたわけではないと知り、少し安心しながら言った。
「あぁ、ここ、そんな壁薄くねぇから、めちゃくちゃ大声じゃなきゃ大丈夫だと思うぞ」
「ン、ちが、くて――」
そこで美鶴はそう言って言葉を続けた。
「ヤじゃない……? 男の変な声聞くの……」
すると、それを聞いた瑞季は苦笑するように笑った。
「……なんだ、そういう事か。全然いいよ。それに、イヤっていうよりむしろ聞きたいし……我慢しなくていいから」
「ん、そっか、なら良かった……」
そうして、美鶴もまた安心したようにそう言い、
「ね、もんちゃん……」
と、瑞季の名を呼んだ。
それに瑞季が首を傾げるようにすると、
「もう、多分入るから……挿れて」
と言った。
瑞季はそれにまた心臓を握りつぶされそうになりながらもなんとか耐え、
「わ、わかった」
と言った。
だがその時、瑞季はとある事に気付き青ざめた。
「……ん、どうしたの?」
その様子に気付いたらしい美鶴が、軽く指を拭ったまま停止している瑞季に問うた。
すると、瑞季は言った。
「ゴム……ねぇわ……」
我童貞也。
唐突にやってきたチャンスであった為、瑞季はそのようなものを持ち合わせていなかったのだった。
男同士の交わりであろうとも、やはりそれは使用した方が良いだろうという事は、かつてネットの海が教えてくれた。
それに気付いてしまった瑞季がどうしようかと悩んでいると、美鶴は優しげな声色で言った。
「いいよ、なくて」
「えっ……で、でも」
「俺はそっちの方が好きだから……もんちゃんがヤじゃなきゃ、ナマがいい」
いったい今日は何度心臓を付け替えれば良いのだろうか。
瑞季はあられもない姿でそう言ってくる美鶴に、そんな事を思った。
そして、
「美鶴がいいなら……わかった……」
と言って、高鳴る胸に急き立てられるようにしながら、美鶴の両脚に割って入るような体勢になる。
「いい……?」
「うん、いいよ」
瑞季が問うと、すっかりその瞳に色を宿した美鶴が、瑞季の膝を撫でるようにしながらゆっくりと瞬きをしてそう言った。
それにひとつ頷くようにした瑞季は、そっと美鶴へと熱を押し入れてゆく。
己の指でその熱を感じている間、それは痛いほどに興奮を露わにしていた。
だが今は、それがすべて溶け落ちてしまうのではないかと思うほどの熱を感じている。
そして、その熱の中を押し広げるように進んでゆくたび、美鶴の身体がひくりと反応を示し、聞いた事もないような刺激的な声が聞こえてくる。
美鶴の声は確かに中性的だ。だが、それでも男の声帯をもっている事に変わりはない。
そうだというのに、どこからこんな声が出ているのだろうか。
多少我慢してはいるのか、控え目な声だが、まるで女性のそれと変わりない。
“男の変な声”とはどの口がいうのか。
美鶴のその言葉のせいで、実は少しだけ油断していた瑞季は、心の中で意義を申し立てた。
「ぁ……もっと奥まで、挿れて、いいよ……」
「……っ」
瑞季は、そこがあまりにもどんどんと呑み込んでゆくので、こんなに奥まで挿しいれて良いものなのだろうかと少し不安になり、遠慮がちに進みを止めていた。――というのに美鶴からそんな一言があり、遠慮していたことがバレていたのと、再び童貞に優しくない発言されたのとで、また刺激を受けた。
「んン……、好きに、動いていいから……」
「……うん」
瑞季はなんとか自制心を保ちたかったのだが、もはや熱に犯された脳ではそのような抵抗も長くは続けられなかった。
美鶴のその言葉に弾かれるように、短く頷いた瑞季は、美鶴の首筋を軽く食むようにしながら、ゆっくりと律動を始める。
押すたび引くたびに美鶴の啼く声が聴覚を満たし、それが余計に瑞季を興奮させた。
少しでも何か言葉を交わすべきではないのかと思いつつも、頭が上手く回らない。
それどころか、その熱の中で刺激される感覚が、全ての意識を遠のかせてゆくようで、その刺激を貪る為にしか体が動いてくれない。
心では美鶴は苦しくないか、ちゃんと気持ちよくなれているのだろうかと考えるのに、体は美鶴を気遣おうとしない。
それがもどかしくあったが、体の制御がきかない。
後で謝ろう。
瑞季は微かにそう思いながらも、快楽に身を委ねては、その初めての熱を味わった。
そして、それから少しして、瑞季 は己の状況を察した。
その為、このままではまずいという危機感からやっとのことで言葉を紡いだ。
「美鶴 ……悪い、俺、そろそろヤバいから、一旦抜くな」
「は、ぁ……いい、よ……抜かないで……」
「えっ? い、いや、でも」
「大丈夫……中に出していいから、ね」
「……とに……優しくないな」
「ふふ……欲に忠実なんだよ……」
瑞季に言葉に、艶を含んだような声色でそう返した美鶴は、心を誘うようにまた瑞季の脚を撫であげる。
そしてその後、再び律動を始めた時、
「あ、ぁ……もんちゃ、ん……もっ、と……」
という一言で限界を突破した瑞季が、一歩先に頂上に昇りつめる事となった。
「あ、れ……もんちゃん……イった?」
そして、内部の感覚から悟ったのか、それに気付いた美鶴がそう尋ねると、
「すいません」
と、肩口に顔をうずめたままの瑞季が、声を篭らせながらそう言った。
「えっ、えっと、別に……謝らなくて大丈夫だよ?」
まさかこれだけ無遠慮に体を貪った挙句、一人でお先に失礼するなど言語道断であった瑞季は、賢者になるどころか絶望していた。
それに対し、美鶴は慰めるように彼の髪を撫でてやるが、瑞季はがばっと身を起こし、顔を両手で覆いながら、
「一人で先にイくとか! 最低かよ! これだから童貞は!」
と言った。
それに対し美鶴は、
「いや、もんちゃん、それ多分俺が言わないといけないやつ……」
と冷静に言った。
すると、瑞季は気を取り直すようにして言った。
「お前の声がエロすぎて駄目だった……」
「あはは、それは災難だったね」
「はぁ、でも美鶴まだイけてないし、このまま続けて良いか?」
「………………え?――って、え? うそ……」
「え?」
美鶴は瑞季のその問いかけにも驚いたが、それと同時に下腹部の違和感に気付き更に驚いた。
だが瑞季はなぜ美鶴が驚いているのか分からず、首を傾げるようにした。
「もんちゃん、もしかしなくても……勃ってる?」
「え、おう……」
美鶴はそんな瑞季の返事を受け、
(やっぱもんちゃん、絶倫だった!!)
と心の中で叫んだ。
実は、その可能性をうすうす感じていた美鶴だったが、確信は持てていなかった。
しかし、これではっきりと答えが出た。
ただのピュア童貞だと思っていた彼が、まさかこんなにもタチ技能に溢れているとは思わず、美鶴は心の中で静かに神への感謝を述べた。
そして、もはや何ラウンド目かもわからないような行為を経て無事に共に達する事ができた二人は、その後、ひと時の余韻に浸っていた。
「てかもんちゃん、よくそんなすぐイけたね」
そんな中、瑞季のベッドでうつ伏せるようにしてくつろいでいる美鶴がそんな事を言った。
すると瑞季は、
「あぁ、最後のはちょっと頑張った」
と、笑いながら言った。
それに対し、美鶴も笑い返す。
「あはは、やっぱり? ご苦労様でした。――でももんちゃん、やっぱ絶倫だったんだねぇ~。なんていうか、ソッチもおっきし、セックスは上手いし、有能過ぎでしょ……体も色っぽいし」
そして、美鶴がそこまで言うと、瑞季は驚いたように言った。
「えっ!? 色々突っ込みたいとこあっけど、色っぽいって何!?」
すると、そんな瑞季に対し美鶴は、目を細めるようにして妖艶な笑みを作っては、
「うん。引き締まってて、がっしりしててさ、抱かれたくなるっていうか……俺、もんちゃんの身体見てると興奮するもん」
と言った。
「………………」
瑞季はそんな美鶴の言葉に対し、言葉を発せずにいたが、心の中では神に感謝していた。
想い人に抱かれたくなると言われるなど、喜ばしい事この上ない。
そんな喜びに浸っていたところで瑞季は、本日がバレンタインデーであるという事を思い出した。
本日がバレンタインデーという事はつまり、瑞季はバレンタインデーに初夜を経験したという事になる。
その事まで考え至った瑞季は、誰に言うでもなく言った。
「バレンタインか……なんかチョコ食うたびに今晩の事思い出しそう……」
そんな瑞季の言葉に、美鶴は楽しそうに笑った。
「あはは、すごいそれっぽい日に初体験しちゃったね、もんちゃん」
「……みたいだな」
瑞季もまたそう言って笑みを返した。すると美鶴は、ふと気付いたように近場のテーブルに置いていたチョコレートの入ったケースに手にとり、上半身だけ起こすようにして瑞季にそれを差し出した。そして、
「卒業おめでとう、夜桜 瑞季クン」
と言った。
そんな美鶴の様子を受け、瑞季は思わす声に出して笑った。
「ははっ、は、はい、ありがとうございます、天羽 先生」
「ふふ、うむ、これからも大きく羽ばたくがよい」
そして、突然口調がおかしくなってしまった美鶴に耐え切れず、瑞季は小刻みに震えながら言った。
「はははっ、なんで突然長老みたいになったんだよ……っ――しかも、これ空箱……ッ」
そんな瑞季の反応でついに限界に達したのか、美鶴が笑いのツボから戻ってこれなくなってしまった。
「んふふ、ふふ、だめだ……お腹痛い……っ」
そうして笑い合う中、瑞季は改めて美鶴の笑顔を見ては幸せを感じていた。
きっとまだ何も始まっていないに等しい関係のまま、スタートラインを飛び越して、様々な経験をしてしまったのだろう。
だが、それでもこうして幸せな時間を過ごし、幸せな経験を経て、愛する人とこうして笑い合えるなら、他人に認められなくても構わない。素晴らしいと称賛されなくても構わない。
瑞季は美鶴の笑顔とその存在を確かに感じながら、一生忘れられないであろうその夜を、愛おしく過ごした。
ともだちにシェアしよう!