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第5話 3、悲しい現実

 突如現れた人影に、思わず息をのむ。 「……っ!」 「すみません。驚かせてしまいましたか?」  そこには爽やかな笑顔の青年がいた。アッシュブラウンの透き通る髪が、風に揺れている。体を折り曲げ、ジルと同じ目線に座り、顔を覗き込んでいた。 「……あ、えっと……」  突然の事態にジルは困惑し、言葉が出ない。しかしその青年は話を続ける。 「俺、ここ初めてなんですけど、先輩? ですか?」  初めて? 先輩? ああ、新入生か。  そう思い、口を開く。 「あ、はい。二年、です」 「あ~よかった。あんまり広いんで迷っちゃって。今入学式終わって教室に行こうと思ったら、空があんまり綺麗でしょ? つい見とれちゃって、迷っちゃいました」  ハハッと笑う顔がまだあどけなく、また話の内容もほのぼのして、ジルの心もふっと和んだ。 「ねえ、先輩。教室教えて貰えませんか? また迷うと恥ずかしいし」  ねえ、お願いします、と、顔を覗き込んでお願いされ、ジルはつい請け負ってしまった。 「……あ、はい。僕でいいのなら……」 「ああ、よかった。助かります」  そう言いながら、青年は手を差し出した。産まれてこの方、手を差し伸べられたことがなく、その手を取ろうとしたものの、本当に手を伸ばしていいものか分からなくなり、ジルは手を握ったり開いたりを繰り返していた。青年はハハッと笑いながら、ジルの手を握った。  あったかい……あ、この人だ……僕の番の人。この人が僕の番の人だ。  その瞬間、温かな気持ちが流れ込んできて、ジルは嬉しくなった。まさかここで出会えるなんて、信じられないが嬉しい。握って貰った手を思ず握り返していた。  青年の方も同じように感じていたらしく、笑みを深めて歩き出した。 「俺の名前はリヒト。リヒト・ギュスターヴです。先輩は?」 「僕、は、ジルです」  ノベール家の名は伝えられなかった。もうすぐ除名され、直ぐにただのジルになるんだから、間違ってはいないはずだと思い、そう答えた。 「ジル、ジル先輩……。うん、いい名前。それで先輩は何年何組ですか?」 「僕? 僕は2年F組……」  無属性だけどと、言いかけて言えなかった。いずれ分かる事だろうが、今は言葉が続かなかった。 「そうか。俺は特Aの一年。クラスが大分離れているけど、何とかなるか」  そんなリヒトの呟きは、考え込んでいたジルの耳には入って行かなかった。とにかく案内をと思い、ジルはそのまま歩いて行った。  学園の事を聞かれ、おずおずと応える内に、一年の教室の近くまで来た。 「このまままっすぐ行けば、一年の特Aクラスに着きます」  無事任務を果たし、ジルは安堵の息を吐く。 「ありがとうございました。それで先輩、俺、ジル先輩と仲良くなりたい。ジル先輩と俺は番ですよね。よろしくお願いします」  さらりと言われ、ジルは驚いた。 「あ、え? あ、の……」 「なかなか出会えないから、どうやって探せばいいのか、もう焦っていたんですよ。ここにいたんですね、ほんと良かったです」 「あ、僕は、その……」  その時、大きな声が聞こえた。 「リヒト! 何やってるの? こっちこっち!」  特Aクラスの扉から、可愛い少年が現れた。 「ああ、シャルル。今行く」  そうリヒトが答えると、シャルルは勢いよくリヒトに飛びついた。 「ん~、もう! 探したんだよ。早く行こう? ……あれ? この人、もしかして……噂の無属性の人?」  その言葉にドクンと心臓が跳ねる。今言われるくらいなら、先程の間に自分で話しておけばよかったと後悔するも、もう遅い。  シャルルはそのまま続けてきた。 「無属性で、もうすぐ学園辞める人でしょ? 残念でしたね、属性が出なくって……」  憐みの言葉が痛い。 「あ、の。僕、もう行きます。さようなら」  ジルはそう言うと、踵を返し走り出した。 「あ、ちょっと」  シャルルに抱き着かれ、リヒトは身動きが取れず、そのままジルを見送ってしまった。  また、裏庭に戻ってきてしまった……。  いきなり走り出して、失礼なことしちゃったな。  でも、もう会うこともないだろうし……。  ジルはぼんやりと立ち尽くし、足下の地面を見つめた。  ジルは特徴的な外見をしていた。漆黒の髪に眼。ひょろりとした体格に俯き気味の立ち振る舞い。ジルは金髪の集団の中、悪目立ちをしていた。なので、あっという間に無属性のジルの存在は、入学早々新入生の間にも広まっていた。  無属性のΩか……改めて聞くと、なんか切ないな……もう、辞めよう。  シメオン先生にも、伝えよう……。    そう思い、視線をあげると、リヒトが走ってきていた。 「先輩! ジル先輩っ!」 「え?」  なんで戻ってきてるの? と、不思議に思い、ぼんやりと眺めていた。 「っ、ジル先輩、さっきはシャルルが失礼なこと言ってすみませんでした」  そう言われるが、本当のことだから何も失礼では無いと思い、ジルは何故謝られるのか分からない。 「別に……本当のこと、だから……」 「いえ、それでもすみませんでした」 「あ、頭上げて、下さい。あの……」  がばっと潔い位頭を下げられ、ジルは狼狽え、オロオロと手を彷徨わせる。 「許して、くれるんですか?」 「あの、許すとか許さないとかじゃない、ですから。僕が無属性で、もう学園を辞めることは本当のことですから……気にしないで」  下さいと言う前に、リヒトは被せてきた。 「え? 辞めるんですか? どうして?」 「どうしてって……だから、僕は無属性で、今までもこれからも、それは……変わりないから……」  ジルは自分で言いながら、なんだか悲しくなってきた。リヒトを見つめていた視線を足下に下ろし、俯いた。 「今はまだそうかもしれないけど、辞める必要はないですよ!」  リヒトの必死な声が耳に届く。しかし、ジルは伝える。 「……決まってること、ですから」  そう。もう直ぐ除籍され学園を去る。数ヶ月の違いだ。今去っても数ヶ月後でも、ジルにとってはあまり大差はなかった。 「……辞めてどうするんですか?」  何故リヒトはこんなにも必死な様相で、聞くんだろうと、不思議に思いながらも、ジルは答える。 「……シメオン先生から紹介して貰ったお店で、働くことになると思いますけど?」 「……シメオン先生。成程」  ふむふむと、頷きながらリヒトは一人納得する。 「あの、もう、いいですか?」  ジルは、困惑しながらそう伝えた。 「シメオン先生と知り合いなんですね。良かったです。俺もシメオン先生と知り合いなんですよ!」 「え? そうなの?」 「そうなんですよ! あ、今から行きます? 行きましょう」  さあさあ、と言いながら手を取られ、歩き出す。 「え? え?」 「シメオン先生なら、何かいいアイデア持ってるかも!」 「あ、え? でも……君、教室に」  戻らないとと言う前に、再び被せられる。 「どうしてもって言うなら、絶対俺ん家に来て下さいね! 俺も家からここに通いますし!」 「え? でも、ここ、全寮制」  しかも、俺ん家って? と、聞きたかったが、 「全く全然問題ないですから! でも、ジル先輩と、ここで学園生活送りたいな~」  楽しそうに言われるも、ジルは更に困惑した。 「あの、僕は、除籍……されるんです。平民になるんです!」  だから、僕のことは気にせず……と、伝えたかったが、またもや被せられる。 「そうなんですね! それなら尚都合がいいじゃないですか! 即、籍を入れましょう!」 「え? 籍?」 「そう、楽しみだな~!」  ルンルン! と言う言葉がぴったり当てはまるくらい、リヒトは嬉しそうだった。ジルは更に困惑した。
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