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第6話 4、リヒトのこと

 ノリノリのリヒトに、困惑のまま手を繋がれている。しかし、その繋いだ手から温もりが流れ込んでくるのを感じ、グルグルと回るその温かさにジルはホッとする。意識をそちらに奪われ、何故この状況なのか忘れてしまっていた。その様子を見て、リヒトは微笑んでいた。  リヒトは、名門ギュスターヴ家の次男である。長男は立派な魔導士として、第一線で活躍している。勿論番もおり溺愛中である。兄は閉じ込めるより、番の彼を自由にさせていた。その分自分が守ればいいという考えで、リヒトもその影響を多分に受けていた。  産まれた時から魔力に秀でており、流石はギュスターヴ家のご子息だと持て囃されていたが、あまり気にとめることなく生きていた。  何でも器用にこなし、躓いた事など一度もない。皆に慕われ敬われ、Ωたちからは番にして欲しいと求愛が後を絶たなかった。しかし、その相手からは何も感じず、空虚感を抱えることになった。  年の離れた兄の番との関係をずっと見てきたので、自分もそうありたいと願ってきたが、なかなか巡り会うことはなかった。  いつか自分の番と出会えたらあんなことしたい、こんなこともと想像だけが膨らみ、このままじゃいろんな意味で不味いなと苦笑していた。  正直、兄が羨ましかった。  高等部へ進級し、心躍らせ入学式にでていたが、ふと気づいた甘い匂いに誘われ、裏庭へ進んだ。  ぼんやりと空を見上げる儚げな彼が、自分の運命だと一瞬にして分かり、嬉しくて踊り出したい気持ちだった。しかし踊るより先に、話がしたい気持が勝り、悪戯心から目の前に座った。予想通り驚き、目を丸くして自分を見る彼に一目惚れした。  なんて可愛い番なんだろう。  名前を教えて貰い、自分の名前に当てはめる。 『ジル・ギュスターヴ』  うわ、可愛い! 番になったら是非籍を入れて、直ぐに同じ名前にして貰おう。  うわっ、なんだか最高に幸せだ!  などと考えていることは悟られないよう、爽やかさを全面に押し出す。  そして、繋いだ手から流れ込むこの温もり。感じたことのない程の高揚感が、リヒトを襲っていた。とても温かく全身の力が漲るような、いや、実際漲っていたが、そんな昂ぶりは初めてのことだった。  風魔法を使ったら、竜巻どころではなく、ハリケーン位出せそうな程、リヒトは興奮していた。  しかし、シャルルが言った『噂の無属性の人』と言う言葉で、一気に冷静になる。ジルの顔色が、表情が一変したからだ。  『もうすぐ辞める人』と言う言葉で、背筋に冷たいものが走り動揺した。  シャルルに巻き付かれていることで、出遅れてしまったが、取り戻す。シャルルを引き剥がし、急いで後を追った。その際、自分のことはなんとかごまかしてと、言付けることも忘れずに。  そしてやはりジルは、儚げな様相で、佇んでいた。ジルが話を続けてくれて安心するも、既に辞めた後の算段まで整っていることに焦る。  しかし、その相談相手がシメオン先生なら、話は早い。ササッと話をまとめてしまって、自分と一緒に居られるようにしようと決意する。  そして、今。自分と手を繋いで歩いているジルは、ここにいる。辞めた訳じゃない。一緒にいつまでも手を繋いで歩いていけるよう、気持ちを新たにその手に力を込める。 「シメオン先生!」  リヒトは勢いよくシメオンのいる特Fクラスに突入する。 「あれ? 珍しい組み合わせだね、さあ、入って入って」 「失礼します」  礼儀正しく挨拶しながら入室したジルを凝視しながら、リヒトもジルと一緒に座った。その様子を見て、成程と合点したように、シメオンはリヒトにニヤリと笑いかけた。エヘヘと笑いながら、そうですよとの意味を込める。  一方ジルはそんなのほほんとした状況ではなく、一人落ち込んでいた。 「……シメオン先生、もう潮時かなって思って……学園を辞めようと、思います」  シメオンは一変して、神妙な面持ちになる。 「ギリギリまで頑張るって言ってなかったっけ?」  ジルは逡巡しながら答える。  「はい。そう思っていたんですけど……属性も現れないから、ここにいても……」  そう言いながら、教室での出来事が思い出され、今まで張りつめていた糸が切れたように落ち込んでしまった。 「何かあった?」  シメオンは優しく話しかける。リヒトは、今はともかく話を聞きたいとばかりに沈黙していた。 「いえ、何も……」  ジルは基本弱音を吐かない。どんな状況でも前を見て、歯を食いしばり頑張っていた。それが今になって弱気になったということは、何かがあるとシメオンは感じた。  元々、シメオンはジルの担当になることに消極的だった。名家の坊ちゃんが、金にものを言わせ押し込んできて、なんとかしろとでもいうように押し付けられたと思った。しかし、ジルを見て自分の考えが誤っていたと理解した。  彼は努力の人だった。属性が現れるよう、試してみるよう言ったことも、簡単な方法であればもう既に試したという。そして投擲(とうてき)。無属性としての自分を悲観するだけでなく、何とかしようとする気迫を感じ、素直に見直した。  毎日の体力作りも欠かさず、少しでも属性が現れるよう同じ方法でも時間や季節を変え試していて、シメオンは何とかしてやりたくなった。  しかし無情にも属性は現れず、今に至っている。上層部は、学園長を始め、ジルの存在を軽く見てはいなかった。ノベール家の中でも異彩を放つ存在のジルに、何かあるとふんで、入学を推し進めた。α家系にただ一人のΩ。そして無属性のジル。ここに何かの意味があるはずだと判断されていた。  学園生活の中で、属性が現れるのか、他の何かが開花するのか、現場の教師陣に託されていた。しかし現場の教師陣は、それを見抜けてはおらず、他の生徒たちと同じように、ジルを空気のように扱ってしまっていたのだが。  学園長直々のお達しに、ノベール家の家長は否と言えず期限付きでジルを入学させた。その期限はジルの17歳の誕生日。一年あれば結果は見えるだろうとノベール家の家長の言葉に対し、学園側も引かず、間をとってジルの誕生日となった。  しかし、今、ジルは学園を去ろうと考え始めている。ギリギリまでは諦めたくないと思っていたのに何故なのか。そして、今ジルの横に座っているリヒトの存在。  リヒトはジルに寄り添うように座っている。ジルは気付いていなかったが。恐らく二人は出会って間もない運命の番。このことが、何かのキーポイントになるのかと、期待してもいいと思う。またそうであって欲しいと思った。 「ジル、一度話を整理しようか」  ジルの負の想いを一度断ち切らせ、新たな視点で考えて欲しいと思い、シメオンはそう提案した。尊敬するシメオンの言葉に、ジルは素直に頷いた。リヒトはその様子をじっと見守っていた。
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