8 / 59

第8話 6、寄宿舎にて

 寄宿舎に戻り、ジルは今日一日の事を振り返っていた。  本当にびっくりしたけど、よかったな。僕はここにいてもいいんだ……。  ホッと胸を撫で下ろしていた時、賑やかな声が聞こえてきた。  珍しいな……。  クレールがこの部屋に戻ってくることはほとんどない。自分と顔を合わせたくないからとも、はっきり言われていた。 「ま~だいたの? 早く出て行ってよ! ほんと鬱陶しい」 「クレールの言うとおりだよ。属性のない奴はここにいても無駄だろう? 荷物なんてほとんどないだろうから、俺たちが手伝ってやるよ」  クレールとその取り巻きたちが、その勢いのまま部屋に押し入り、ジルの荷物をまとめ始めた。 「あ! やめて!」  慌ててジルは止めようとするが、体格のいい男たちから摘まみだされる。 「ああっ!」  廊下に放られ、そのまま倒れ込む。そして次々にジルの荷物が放られた。ジルは茫然とそれを眺めていた。 「じゃあね!」  クレールはバタンとドアを閉めてしまった。  このままじゃ不味いと思い、ノロノロと荷物を拾った。自然と涙が零れてくる。ポタッと雫が落ち、慌てて袖で拭った。これからどうしようと思いながらも、殆ど荷物はないので、どこか空き部屋がないか、寮長に相談しようと、荷物を抱え立ち上がった。  今泣いてもどうしようもない。泣くなと、自分を戒め、とぼとぼと歩き出した。  その時、「せんぱ~い!」と、リヒトの声が聞こえた。なんて情けない時に出会うんだろうと、悲しく思いながらも、顔を上げ、笑顔を取り繕おうとした。 「ジル先輩?」  眼前に来たリヒトに顔を覗かれる。ジルは笑顔にはなれなかった。 「……あ、あのね。部屋、部屋を変わることに、なってね」  言い訳も思いつかず、そのままを伝える。 「……はい。わかりました。じゃあ、俺の部屋に行きましょう。先輩、荷物貸して」  そう言うとジルの荷物をサッと持つ。 「あ、え? リヒトくんの部屋? でも、でも、同室の人、いるんじゃ……」  ここは基本二人部屋である。 「ああ、大丈夫なんですよ。俺、特Aだから一人部屋なんです。でもほんとナイスタイミングですよ! 俺と同室になりませんかって、誘おうと思っていたんですよ」  そうリヒトに言われるも、それはリヒトの優しさから出た、今考えた理由なんだろうとジルは思った。 「でも、あの、寮長さんに、頼んでみるから……」  ジルは一人部屋なら尚更自分が入ると迷惑かと思い、断りを入れようとした。しかし、笑顔で一蹴された。 「大丈夫ですから。後で俺が伝えときます」  ハハッと笑っているリヒトを見て、なんだかホッとしてきた。しかし、この会話を不審に思ったクレールがドアを開けた。 「ちょっと、まだ……って、え? 君、ギュスターヴ家のリヒトくんだよね! え? え? 何でここにいるの?」  ちょっとした有名人のリヒトは知名度もあった。クレールは、急に猫なで声で、リヒトに近づき、腕を絡ませた。 「ねえ、この人と知り合いなの?」  クレールがリヒトを見て、言った。 「ああ、そうですよ。俺の番です」  リヒトはそう伝えて、やんわりと腕を離した。しかし、再びクレールは腕を絡ませようと躍起になる。 「ねえ、この人今日でこの学園辞めちゃうんだよ。だから僕にしなよ。ギスランの遺伝子とギュスターヴの遺伝子がくっつけば最強だよ~」  リヒトは笑顔で一蹴する。 「俺は番一筋なんですよ。ごめんなさいね、先輩。でも先輩程、高貴な遺伝子なら、俺でなくても大丈夫ですよ」  リヒトはそう言って笑った。 「ええ~? 酷いよ~。僕の誘いを断る人なんていないんだよ? いいの?」  クレールはほくそ笑んでそう言った。 「はい。ご心配ありがとうございます。では俺たちはこれで失礼します。行きましょう、ジル先輩」  そっと手を繋がれ、歩き出す。ジルは一言も発することが出来なかった。手を引かれるまま歩き出す。 「あの、リヒトくん、よかったの?」  おずおずとジルが尋ねると、リヒトは笑っていた。 「何がですか?」 「……クレールは怒ったら、怖いよ? いろいろと嫌がらせとか……」 「ああ、心配してくれるんですか? 大丈夫ですよ。怒ったら怖い奴なんて、俺の周りにはごまんといますから」 「……でも」 「同室の人って、さっきの人ですよね? まあ、気にしないで大丈夫です。俺の心配より、ジル先輩の事です。ジル先輩こそ大丈夫ですか? 基本俺と一緒にいるとして、問題は教室内ですね。俺、地の属性がありますから後でジル先輩にかけておきますね」  心配してくれる人がいるって、嬉しいなと思い、心が和んだ。 「リヒトくん、ありがとう」  素直にお礼を言う。その様子に、リヒトはパラダイスになった。 「いえいえ、全然全く気にしないでください!」  面白い人だな~と、ジルも笑った。  部屋に着き、先ずはと、地属性の『ガード(警護魔法)』をかける。その後念のためにと、『グラビティ―(重力魔法)』をかける。 「今かけた魔法は、ガードとグラビティ―です。もしジル先輩に嫌がらせした時には、ガードが発動してジル先輩をバリアします。そしてグラビティ―が発動して重力を無視して逃走できます。もしジル先輩が動けなくても安全地帯に運びますから大丈夫です。反撃してもいいけど、ジル先輩そういうの嫌そうだなって思って」  ほうほうと頷きながら、すっかりジルは感心する。 「凄いね! 僕は情報としてしか、魔法は分からないから、尊敬するよ」  ジルに褒められ、リヒトは魔法の勉強をもっと頑張ろうと決意する。 「あとは、これ」  リヒトが近づき首にプロテクターを付ける。 「今日はこれを渡したかったんです。さっき俺が作りましたから愛情たっぷりです!」 「あ、愛情……」 「首の動きや体温、健康状態によって、プロテクターが自動で調節しますから安心してください。ただ、俺しか外せませんけど。エヘヘ」 「え? 僕は?」 「それも考えたんですけど、万が一ジル先輩が一人の時に外していて、もし、もしも、もしもですけど襲われたら、俺、発狂しますから!」 「は、発狂?」  「そうですよ! いや、ほんともしもですけど、もし、ジル先輩が逃げたら追いかけますから。じゃないと、俺、ほんと何するか分かんなくて怖いですよね~!」 「……えっと、リヒトくんは、僕のことどう思ってる?」  何かを察し、ジルは恐る恐る尋ねる。 「どうって、もう可愛くて可愛くて仕方が無いんですよ! いや先輩に可愛いとか、ほんとすみません! でもね、目がくりくりしてるところとか、目の下の泣き黒子とか、小ぶりな耳とか、笑ったときのエクボとか、ふわふわの髪の毛とか、体のラインとか、ちっちゃくて俺の腕の中にすっぽり入っちゃうとことか、努力家で、真っ直ぐで、控えめで、もう俺の中に閉じ込めときたい位なんですよ!」  ジルは、顔から火が出そうな位、恥ずかしかった。リヒトは、まだ言い足りないとばかりに、更に続けるが、ジルは慌てて止める。 「あ、わかった! ありがとう。もう、大丈夫、もう、いいから!」 「え~? まだ言い足りないんですけど……」  そう言いながらも、まあ、おいおい伝えればいいかと呟くリヒトの声が、ジルの耳に聞こえてきた。
いいね
笑った
萌えた
切ない
エロい
尊い

ともだちとシェアしよう!