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第18話 2、制御できない

「ジル」  リヒトにそう言われるも、ジルは気が気ではなかった。クレールをはじめとする、ほぼ半数のΩたちの、いやβたちを含めたほぼ全員の視線が痛い。  視線が痛いな。なんか前よりも空気が悪くなったような気がする……。  やっていけるのだろうかと、ジルは不安になった。そんな様子を、リヒトはしっかりと見ていた。  成程。ジルの存在を軽視か。  リヒトはそのことをよく理解した。 「じゃあ、授業を始めるぞ」  教師の声で、皆は前を向くが、ジルにとっては変わらず空気は重く感じた。 「ねえ、リヒトくん」 「リヒトくんってさあ」 「リヒトくんは、」  先程休み時間になり、間髪入れずにリヒトは声をかけられている。 「ごめんね。ちょっと静かにしてくれますか?」  リヒトはやんわりと伝えるが、やはりというか当然、そのような事にはなるはずはない。出来るだけ優秀なαに番って欲しいこのクラスのΩたちは、必死さを隠しながらアピールする。 「でもさあ、話位いいんじゃない?」 「リヒトくん、あのね~」 「何も無属性の落ちこぼれなんか」  その瞬間、リヒトの様子が一変する。 「誰? 今ジルの事話したのは」 「……っ!」  リヒトの周囲にいるΩたちは息を呑んだ。今までの爽やかリヒトではなく、射殺されるかのような殺気を感じ、皆硬直した。 「ねえ、ジルの事言ってましたよね? 俺のことはさあ、別にいいんですけどね。ジルの事言っちゃったらほんと怒りますよ? 覚えておいてくださいね。さあ、ジル気にしないでさっきの話の続きしよう」  そう言うと、シメオンの元での魔法の事を話始める。今まで様子を伺っていたクレールが、この殺気の中歩み寄ってきた。 「ねえ、まだそんな馬鹿な事言ってるの? とにかくこの殺気消してよ。嫌な感じ」  リヒトは一瞥したが、取り合わずジルに話し続けていた。 「……あの、リヒトくん。僕の事はいいから」  居た堪れず、ジルはリヒトにそう言った。しかし、笑顔で一蹴される。 「何言ってるんだよ。この為にここにいるのに、今俺が役に立たなくていつジルの役に立つの?」 「……うん。ありがとう……」  でも、と、言いかけて止まった。  リヒトの気持ちは嬉しい。だけど……。 「……」  なんて言っていいのか分からない。分からないけど、今ここから逃げたくもなかった。  今までのジルならば逃げ出していたかもしれない。でも、今はリヒトがいる。リヒトは掛け値なしで自分に向き合ってくれている。それがジルをほんの少し強くしていた。  その様子をクレールと取り巻きたちは、じっと見つめていた。  その後の授業も微妙な空気の中、なんとか終え、二人は食堂へと向かった。勿論リヒトはジルの手をしっかりと繋いでいる。 「……リヒト、さっきはありがとう……」  心の中はまだモヤモヤしていたジルだったが、自分を守ろうとしてくれるリヒトには、きちんと気持ちを伝えたいと思った。 「ううん。俺、もう少し上手く立ち回れればいいんだけど。ごめんね、嫌な思いさせちゃったね」  リヒトはリヒトで、苦笑していた。  ジルを守りたい。  その気持ちに嘘はない。だが、如何せん直球勝負型のリヒトには、上手く立ち回ることが苦手だった。 「あ~、早く番になりたいな~」  自嘲するあまり、思わず本音が零れる。ジルも何だがそんな気持ちになっていた。  僕もリヒトと、早く番になりたい……でもこのままじゃダメだ。  さっきのことも自分で何とかしなくちゃいけないのに……あ~、ダメだ。こんなんじゃだめだっ!)  繋いだ手から魔力が駆け巡り、魔法が飛び出す。 「ジル!」  リヒトに声をかけられ、初めて気付く。 「あっ!」  ジルは思わず魔法を使っていた。目の前に突風が吹き荒れていた。 「ジル! 落ち着いて」 「あ、ああ」  どうしよう。どうしよう。こんなところで突風なんか……!  窓ガラスが次々にパリン、パリンと割れていく。掲示物も剥がされ、それらが突風に煽られ舞い上がる。  リヒトは突風を収めるべく同じ風魔法を使った。途端に風が収まってくる。その場にパラパラッと、風に煽られ宙を舞っていたものが廊下に落ちた。  ……風が止んだ……? 「大丈夫だから」  リヒトにそう声をかけられ、ジルはハッと我に返った。 「……あ、……僕……」  この状況を目にしたジルは血の気が引く思いだった。 「大丈夫だから」  もう一度リヒトに、そう声をかけられる。強い風が吹き去った後の辺りの様子は、掲示物も剥がれ窓は割れ廊下に散らばっていた。 「……僕が、……やった、の?」  ジルはまさかと思いながらも、リヒトに聞いた。 「うん。ジルがやったね。でも魔法を使い始めの頃はよくある事だから、大丈夫」  魔法が使えたことの嬉しさよりも、今この状況を引き起こしてしまった事の方に焦りを感じ困惑する。  どうしよう、どうしよう。 「リヒト、どうしよう……」 「とりあえず先生呼んでくるから動かないで」  リヒトは、地属性で消していく。窓枠からも綺麗にガラスが消え、廊下に落ちている破片も消えていた。風魔法で、掲示物も元の場所に戻していた。 「……ごめん」 「いいよ、大丈夫。気にしないで」  そう言って、リヒトは担任の教師に連絡を送りながら、職員室へ向かった。 「……」  ジルは立ち竦んでしまった。魔法が出来るようになったことは素直に嬉しい。しかし魔法の力を制御出来ていないことに気付いた。  その様子を、後をつけていたクレールと取り巻きたちは見ていた。 「うっわ~! 最悪~!」 「これは酷いな」 「何壊してんの?」  そう言いながら、呆然と佇むジルに近づいて来る。ジルはハッとなり、俯いていた顔を上げた。 「……あっ、これ、は……!」  しかし、弁解しようにも、この状況を引き起こしたのは、他でもない自分だ。 「あ~あ、初歩の初歩でしょ~、これ!」 「制御も出来ないのに、魔法なんか使っちゃう奴なんか最っ低~だねっ」  無属性のジル。今まで魔法なんか使ったことなどない。そんな事など、彼らは知っている。知っているからこそ敢えてそれには触れない。 「このまま魔法使ったら、大変なことになるんじゃないの~?」 「リヒトくんまで巻き込まれたりして?」  それを聞いて、ジルはハッとなった。  リヒトを巻き込んでしまう……? 「ただでさえ、この学園のお荷物なのに、こんな状態じゃあ次は大惨事になっちゃうんじゃないの?」 「無属性は無属性らしく、魔法の真似事なんかしてないで早く辞めれば~?」  ……リヒトだけじゃなくって、皆を巻き込んでしまうかも知れないんだ……)。  彼らから視線を移し、廊下を見る。リヒトが片付けてはくれたが、先程の様子を思いだすと落ち込んでしまう。  魔法が制御出来ないのに、このまま魔法を学んでいてもいいのだろうか。 「……僕、は……」  ジルは言葉が出なかった。 「じゃあね~! 早く辞めてよね~」 「……」  彼らは大袈裟に言いながら立ち去っていった。  辞めたくない。  せっかくリヒトにも、ドニスくんとクレスくんにも、仲間と認めて貰えたんだ。  でも僕は魔法を制御できないのに、このまま魔法を使えないよ……。  ……リヒトくんと一緒にいると魔法が使えてしまう。  離れていれば今まで通り使えない……。  ネガティブな考えが頭を過ぎる。しかし、リヒトと離れたくない。 「……」  ジルはどうすればいいのか分からなくなってしまった。
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