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第21話 5、ラオネ

「はっ!」  リヒトは我に返った。 『これだから童貞花畑は困るんだよ! この馬鹿!』 「え? あ、兄貴?」 「え? 兄貴?」  リヒトのパントマイムのような動きに、何があったのか心配していたジルは、今の『兄貴』と言う言葉が、気になった。 『頭ん中は本当に花畑なんだな、お前は! って言うか、お前パーティー組むならちゃんとギルド行ったのか? それと今日は家に帰れ。番も連れて帰れ。いいか、絶対だぞ!』 「ええ~! そんな急には無理だよ! ジルは今日疲れてるし」 「リヒト?」 『何が疲れてるし、だ! そんなのお前がヒール(疲労回復魔法)掛けりゃ済むことだぞ。いいから絶対だぞ! でなきゃ今すぐだ!』 「は? 今すぐ? またそんな無茶を言う……」 『リヒト、いいのか、お前。俺にそんな口聞いて本当にいいのか? お前のあんなこと、こんなことまで、番に話すぞ』 「は?」 『お前が小さい頃は』 「わ~! 待って待って! 帰るから! 後で! いや、今すぐは無理だけど今日帰るから」 「……」 『分かればいいんだ。世話の焼ける奴だな、全く! じゃあ出来るだけ早く帰れよ。遅くなればなるだけ』 「わ~! 分かってるから! ほんと横暴なんだから、じゃなくて、了解」 「……リヒト?」  何かのコントのように、ジルを抱えたまま、リヒトは一人で慌てていた。 「……ジル、今の兄貴からで、今日一緒に家に帰ることになったから。急でごめん」 「……え? 僕も、なの?」 「うん。多分俺の家族がジルに会いたいんだと思う。落ち着いてからでいいかなって思ってたんだけど、俺の家族って、あれだから、さ」 「あれ?」 「ああ、うん、まあ、何というか、強引? って感じ、かな。ははっ」  リヒトの微妙な笑顔に、ジルは何やら背筋がぞくっとなった。 「とりあえず今から俺たちの部屋に移転魔法使うから」 「え? 移転?」  ジルが聞いた瞬間、ふっと体が軽くなった。そう思った瞬間、部屋に戻っていた。 「は? え?」 「じゃあ、ジル」  そう言うと、リヒトはジルに体力増幅魔法ヒールをかけた。 「え?」 「今ヒールをかけたから、体が軽くなったでしょ? ごめんね、急で。さ、準備、準備!」  リヒトはジルをソファーに下ろすと、二人の着替えを取り出した。 「汗かいたから、シャワー浴びて帰ろ?」 「あ、うん。なんかリヒト、凄いね……今の間にサラッと凄いことやってたね。僕びっくりしちゃったよ。尊敬するよ」  凄いこと。  尊敬。  ジルからの褒め言葉に、微妙な心境になっていたリヒトの心が、急上昇した。 「ジル!」  感無量っ!  ジルに抱きつこうとしたその時。 『リヒトっ! 早くしろっ! 乗り込むぞっ!』 「うわっ! はいぃっ!」 「ええっ~!」  何が何だか分からないリヒトの言葉に、ジルは、まあ、いっかと、思った。また意外な面白いリヒトの姿を見ることが出来たから、ジルはジルで楽しんだ。  そして互いにシャワーを浴び、支度を済ませた。 「何か手土産でも……」  ジルがそう言うと、リヒトは変わらずな爽やかな笑顔でほほ笑んで言った。 「何もいらないよ。大丈夫。一刻も早く帰る方が大事だから、ね」  そう、俺の黒歴史のためにもっ!  爽やかな笑顔とは裏腹にリヒトは内心慌てていたが、爽やかに答えた。 「う、ん。そう、なんだ。でも……ああ、遅れる方が悪いのかな。ごめん、僕そういう一般常識が分からないから、ごめんね」  謝るジルも可愛いが、ことは一刻を争う。しかも、今回の事態には一般常識は当てはまらない。 「よし! じゃあ行くよ」  リヒトは移転魔法をかけた。  よく考えたら、リヒトは無詠唱で魔法使うんだよね。凄いよな~。  ジルは混乱のあまり、そんな呑気なことを考えた。 「遅い!」  移動した先にはラオネがいた。  ええ~! いきなり~?  ジルは激しく動揺した。  まずは玄関からじゃないの~!  しかしここはギュスターヴ家。一般常識は通用しない。そのことをジルはまだ知らなかった。動揺するジルを横に、兄弟はいつものように話を始める。 「遅いって、あれから直ぐに来たのに!」  リヒトが弁解するも、ラオネはいつものように言い返す。 「俺が遅いって言ったら遅いんだよ。あれはリヒトが三歳の頃だったか」 「いやいやいや! 精一杯早く来たしっ! ああ、そうだ、ジル、この人兄貴のラオネ。そいで兄貴、ジルが俺の運命の番!」  空気を換えようと、リヒトは双方に紹介を始めた。 「あっ! ジルです。僕はジルですっ!」  なんだかリヒトとラオネの空気にのまれてしまいジルは慌てた。動揺も更に激しくなってくる。  ラオネはすらりとした長身で見下ろされるような感じになっていた。それも拍車がかかって更に更に動揺する。スッと視線を移され、ラオネと視線が絡む。ジルは思わず生唾をごくっと飲み込んだ。 「ふうん。成程ね。シメオンが可愛がっているのが君って訳だ」 「あ、はい。シメオン先生にはいつもお世話になってて」 「で、結果は出たの?」 「あ、え? ああ、まだ、途中で」 「途中? 何かったるいことやってんだよ! さっさと結果出せよ、あの間抜け!」 「え? あ、間抜け?」 「ああ、君じゃないよ。シメオンだよ。あいつ何ぬるい事やってんだよ。何なら今から俺が鍛えてやろうか?」 「ちょい待ちっ!」  ラオネの毒舌に、間一髪なのか全く間に合っていないのかよく分からないタイミングで、ジルとラオネの間にリヒトが口を挟んできた。 「なんだよ、リヒト。俺は今ジルと話してんの。邪魔するなら」 「いやいやいや! ちょっと待って。落ち着こう、先ずは落ち着いてゆっくり話を」 「そんなこと言ってるから、ノベールがごちゃごちゃ言ってんだろうが」 「いやいやいや、そういう話じゃなくって」 「大体お前がもっとしっかり守ってやれば、こんなにごちゃごちゃ周りが煩く」 「いやいやいや、兄貴、ちょい落ち着こう」 「あのなあ、だからお前は」 「まあ~、いらっしゃい!」  兄弟の激しい会話に割って入ったのが母親だった。その瞬間二人は沈黙した。 「あ、は、初めまして。僕、は、ジルです。挨拶が、遅くなって」  ジルはまだ動揺していた。 「まあ、そんなことはいいのよ。あなたがジル君ね。初めまして。遅くも何ともないのよ。急にごめんなさいね。どうしても一度あなたとお会いしたくて。ささ、こちらに来て」  母親はさっとジルの傍に来てジルの手を引くと、応接室に向かってスタスタと歩き出した。訳も分からぬままジルは母親に連れられて歩きだしていた。 「母さん」 「ああ、リヒトもいたの? まあ、いいからいいから。リヒトもついでにおいで」  いやいやいや、ついでにって……。 「……はあ、まあ、いいか。この件はまた後でゆっくり話すぞ」  ラオネも後をついて行った。リヒトも、はあっとため息を吐きながら後に続いた。 「さあ、座って座って。何が好き? 何飲みたい?」  母親に聞かれ、動揺したままジルは答える。 「あ、えっ、と、何、何が……」 「ジルくんは何が好きなのかしら」 「僕は、えっと、何でも」 「まあ、好き嫌いがないのね。いい子ねぇ~。うちの子たちは本当、好き嫌いが多くてね。ラオネは未だに好き嫌いが多いからリラちゃんも料理が大変みたいよ。リヒトなんか未だにピーマン」 「いやいやいや、それ今関係ないから」  なんで俺がピーマン嫌いって話す必要があるんだよ!  リヒトの横で、プッとラオネが吹き出した。視線だけでラオネを睨むが、ラオネはどこ吹く風の様に小ばかにしていた。が、そこは母親。 「ラオネはね、ニンジンが」 「俺の話はいいからっ!」  それを聞きラオネが慌てる。母親は常に平等であった。その横でリヒトがプッと吹きだした。同じように視線だけでラオネはリヒトを睨むが、リヒトははどこ吹く風の様に知らんふりをした。  その様子を見て、ジルの心はふっと和んだ。それを母親は見ていた。
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