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第26話 10、声にならない声

 ジルはそんなリヒトのことを見つめている。  リヒトはやっぱり凄いな。僕の番は凄すぎる。僕も追いつかなきゃ。  自然とジルは焦ってきた。早く、早くと焦りが焦りを生む。 「シメオン先生、今日僕は移転魔法が使えた様なんです。それは複数の魔法の掛け合いなのに、僕は使えたんです。だからもっと」 「まあ、そんなに焦るな。焦ってもいいことはない。順々に積み重ねていけばいい」 「……はい。でも」 「ジル」 「はい……」  そんなジルをリヒトは見つめていた。 「ああ、リヒトは午前中はいい。ジルの講義にするから」  シメオンに言われ、渋々リヒトはクラスへと戻って行った。 「じゃあ、ジルは続けるよ。まずは各属性の確認からだ」 「……はい」  シメオンは各属性の特徴を説明し、それの掛け合わせ方の説明を始めた。今までは単発の魔法の出し方のみに特化していたので、話には聞いていたが、実際にそれを使う自分のことを考えながら話を聞く。 「まあ、基本的には掛け合わせる魔法を意識しながら、出したい魔法を唱えるということだ。ジルはリヒトの無詠唱も引き継いでいるし、無尽蔵の魔力で、次から次に魔法を出そうと思えば出せるから、そこに気を付けるように。特に混乱した時。ジルはメンタルに影響するから無意識に出してしまうことが多いだろう。だから無意識に出さないようにコントロールしていこう。ここまでで質問は?」 「いえ。大丈夫です」 「そうか。じゃあ、その掛け合わせ方に入ろうか」  シメオンはその説明を始めた。  午前中は講義となり、ジルは大きく伸びをした。 「んん~! 体が固まりました」  苦笑しながらジルは言う。 「はははっ。ラオネだともっとハードだぞ」  シメオンはジルにそう言いながら、教材をしまう。 「そう言えばシメオン先生は、ラオネさんと同じパーティーなんですよね」  ふと思いだし、ジルは尋ねる。 「そうだよ。もう十年にもなるかな」 「長いですね」 「そうだな。結構長いな」 「そうなんですね。僕もリヒトとずっと一緒にいられたらいいなって思います。ドニスくんとクレスくんも一緒に」  ふふっとジルは笑った。 「よかったな、ジル」  シメオンは心からそう思った。 「ありがとうございます。でもこれからなんですけどね。まだまだ僕は、皆の足を引っ張っている事はわかっています。でも頑張りたい。だからシメオン先生、よろしくお願いします」 「大丈夫。焦らずいこうな」 「……はい」  ジルはひとまず昼休みになったので、食堂へと向かうことにした。恐らくリヒトもそうするだろうと考える。そんな時、ふと思い出す。  リヒト、リヒト。  ピアスで相互交信してみることにする。  うん。リヒトだよ。ジルはもう授業終わったの?  リヒトの声が脳内に聞こえてきた。うまくいったのかと思い、ほっと息を吐きながら交信する。  うん。今終わったよ。リヒトはご飯食べるでしょう。待ち合わせは食堂でいいかな。  俺が迎えに行こうか。  ううん。大丈夫。食堂で大丈夫だよ。  ……心配だな。今から移転魔法で。  大丈夫だよ。  そう? じゃあ、そうしよっか。  ジルは『待ち合わせ』をしてみたかったのだ。  楽しみ!  ふふっと笑いながら、ジルはシメオンに断ってから部屋を出て行く。午後はここで実践の為、荷物は置いて置く。足取り軽く食堂へ向かう。  すると、部屋を出てすぐの廊下に、見知った人物が壁に寄り掛かって立っているのを見つける。 「……あ、……」  彼の姿を見て、ジルの心臓はドクンドクンと音を立てるかのように激しく動き出した。 「やあ、久しぶり」 「……は、い。……ご無沙汰、しています」  ジルは彼の存在に気付くと、ドクンドクンと早鐘を打ったような気持ちになったが、ジルなりに精一杯それを隠しながら返答した。 「なかなかジルから連絡がなかったから、どうしていたのかなって」 「……すみません」 「なんかいい調子なんだってね」 「……そう、ですか」 「相手はギュスターブだって聞いたけど」 「……はい」  彼は笑っている。それはいつもの彼の表情で、ジルは身震いした。 「なに? 怖いの?」 「……い、いえ」  彼は一歩、また一歩ジルに近づいて来る。  ここの廊下は人気がなく、今周囲を含め二人きり。怖気づいてしまう。そしてジルは、俯いてしまいそうになるが、なんとか顔をあげる。後退ってしまいそうになる足を踏みとどまろうとした。 「今からいいかな。勿論拒否なんてしないよね」  彼はジルの正面に来て、そう言って笑った。 「ああ、これは外させてもらうね。厄介ごとは嫌いだから」  彼はさっとジルの耳たぶに手をやり、ピアスを外した。  ジルは一人では魔力の放出も出来ないし、魔法を唱えることも出来ない。  そして彼の前に立つと、蛇に睨まれた蛙のように怖気ずいてしまう。それは長年の生活から滲み込んでいたことで、どうしても体が動かない。  ノベール家の四男、マグナ。現在同校の高等部三年生。  まさにヘビの様なねっとりとした視線に、いつも笑みを浮かべている。いつもいつも視線のみを絡ませてくるマグナに、ジルは心の底から怯えていた。  その彼が今ここにいる。  逃げ出したいが逃げ出せない。後退ることも出来ず、ただ突っ立てしまう。  思考が完全に止まってしまい、リヒトへ助けを呼ぶことも、今この瞬間に声を出して助けを呼ぶことも、頭にはなかった。当然リヒトの脳内への声を含み、全てのことを遮断してしまっていた。  そしてマグナがジルの手を取って、魔法を詠唱する。 「あ、」  ジルがそう言うよりも早く移転した。 「……遅いな」  リヒトは食堂へ向かっていた。食堂へ着いてもジルはいない。友人らに確認してもジルの姿はここでは見なかったという。  ……おかしい。時間からして、もう着いていて、いいはずだ。  ピアスで交信しても反応がない。直接脳内に話しかけても、何かが邪魔をしているようで返事はない。  いてもたってもいられず、リヒトは駆け出した。走りながらシメオンに連絡を取る。そしてジルの居場所を探るべくサーチの魔法で探した。シメオンの部屋の近くで足取りが途絶えている。  どこだ!  あの廊下に辿り着き、リヒトは転がっていたピアスを見つける。  リヒトが以前にかけていたジルの身辺護衛の魔法がある。だから大事には至ってはいないはずだと、自分に言い聞かせながらピアスを拾う。シメオンが部屋から飛び出してきた。 「リヒト、ジルは」 「ここで足取りが途切れています。ピアスも。でも護身魔法はかけていたから」  リヒトは両手をぐぐっと握りしめる。 「くそっ! 一人にするんじゃなかった!」  シメオンも焦りを抑えながら考える。 「……護身魔法かけていて姿が消えたとなると」 「そうか、身内か」 「だろうな。ジル自身が拒みきれなくて、緊急事態と判断されなかった、と言う方が筋が通るな。確か兄弟が在籍していたはずだ」 「三年、ですね。確か」 「マグナだ」 「彼の居場所は……、家か。ノベール家だ」  サーチを広範囲に広げ、リヒトはジルとマグナの居場所を把握する。 「行きます」 「俺も行こう」 「はい」 「ラオネにも連絡」 「はい」  その瞬間二人の姿は消えた。
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