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第27話 11、さようなら

「さ、父さんと母さんに謝罪するんだよ。お前のおかげで大事になっているんだからな」  そう言うと、マグナはジルの手首をやんわりと掴んだ。しかし決して、ジルには外せない。逆らえない。  マグナはαだ。  でも、今のジルにはリヒトがいる。そのことがジルにほんの少しの勇気をくれた。 「は、離して、下さい」  ジルは足を止めた。足が震える。  ……怖い。  なんだかいつもと様子が違う。  マグナ兄さんの目が……怖い! 「なに? 嫌なの?」  ねっとりとした視線で、マグナはジルを見る。 「……あ、……」 「そ。なら行くよ」  引き摺られるように進んでいく。そしてジルは思った。拒絶の思いをマグナに対して抱いた。 「あ、あの…… 離し、て!」  その瞬間、リヒトの護身魔法が働いた。マグナの手が弾かれる。 「……魔法か。一体誰が……、ああ、そうか。ギュスターヴか。厄介だな。……呼ぶなよギュスターヴを。これは『家族』の問題だろう?」  そしてマグナが表情を変えた。  αだ。αの高圧的な視線に、ジルは怯みそうになるが、リヒトの魔法がジルを包んでいる。それをジルは感じた。  リヒトっ! リヒトっ!  ジルは声にならない言葉を心の中で叫んだ。 「ジルっ!」  ジルの真横にリヒトが立っている。 「え…… リヒ、ト……? リヒト、リヒト!」  ジルは一瞬目を見開いたが、リヒトがいることに驚きながらも抱きついた。 「よく俺を呼んでくれたね。そしてこいつを拒絶してくれた」  ぎゅと抱きしめ返しながら、リヒトの視線はマグナを捕らえていた。 「……これは、どういうことでしょうか」  リヒトがそう言った。マグナの高圧的な先程の視線など目もくれず、リヒトは更に威圧する。マグナは、選ばれたαにしか出せない、リヒトの醸し出されるオーラにたじろき、一歩後退った。 「……『家族』の、問題だ」  なんとかマグナは言葉を発する。息をすることも#憚__はばか__#られるようだ。 「……へえ。『家族』、ですか」  リヒトが笑った。 「そ、そうだ。家族の問題だ。君には……関係ない」 「へえ。成程ね。なら話は早い。ジルは俺の番だ。だから俺の問題でもある。ですよね」 「……!」 「関係ない? 大ありですよ。αならわかりますよね、俺の言っている意味。わからないとは言わせない」 「……!」 「で、何しようとしてたんですか? 教えて貰えますよね」 「い、いや、ただ、ちょっと話を……」 「話、ですか。なんでしょう」 「いや、ジルと話を……」 「『家族』だから、俺にも聞かせて貰えますよね」  あのマグナが怯んでいる。ジルは驚いていた。あんなにも怖くて仕方がなかったのに、今はリヒトの存在を強く感じ、心から安堵していた。 「……いや」 「話がないのなら帰ります。もう二度とジルに近づかないでください。これは『お願い』です。ジルの『家族』なんですからね、あなたは。だがもし……もう一度でも近づいたのならば、容赦はしません」 「いや、待て」 「俺、これでもかなり怒っているんですよ。これ以上怒らせないでくださいね。俺、止まりませんから」  そう言ってリヒトは笑った。  今でさえ息をするのがやっとなのに、これ以上は。  マグナは怯えた。これが、いままで無属性のΩと蔑んでいた弟の番か。そして感じる、弟であるジルの魔力。  ジルは無属性のΩではなかったのか。  いままで全く何も感じなかったジルなのに、リヒトが現れた瞬間、何かが変わった。それにも底なしの恐ろしさを感じていた。  これは誰だ。  これは、本当に自分の弟なのか。  マグナは今自分が感じているこの状況に混乱した。 「……」  マグナは口を開いて言葉を発することが出来なかった。 「じゃあ、帰ります。#さようなら__・__#」  そしてそう言うと、笑みを消しシメオンを見た。シメオンは頷いた。 「ああ、後は任せろ。ラオネも来るんだろう?」 「はい。父も一緒に来ます」  その時、ラオネと父であるアーロンが彼らの真ん中に位置する場所に来た。 「これまた大層なことをやらかしたね」  ラオネが状況を見てそう言った。 「ああ、全くだ。約束は反故、ということだな」  アーロンとラオネは頷いた。 「……あ、いや、これは違」 「へえ、まだ反論できるんだ。大したものだよ、君は。まあ、いい。さあノベールの家長と話をするとしようか。案内してくれるね」  ラオネはそう言うと、リヒトを振り返った。 「ここは任せろ」  リヒトは頷いた。 「兄貴、父さん、後はよろしく」 「ああ、早く戻れ」  アーロンはそう言うと、マグナに案内するよう視線をやる。今度はマグナが、蛇に睨まれた蛙のように怯えていた。  こうなる前にジルに釘を刺しておきたかったのに!  マグナは両親と他の兄弟と話をまとめて、今回ジルを連れて帰ってきた。  あの日言われたギュスターヴ家からの言葉に、ノベール家は焦っていた。ギュスターヴ家は今後一切のジルへの関与を否定した。  但し、ジルに対して少しでも愛情が感じられれば、あの日、ここまでのことは言うつもりはなかった。しかし全くジルの存在を無視しているノベール家の態度に憤った。彼らはただ自分たちの立場を守ろうと躍起になっているだけだった。だからノベール家の皆に、ギュスターヴ家は怒りを露わにしていた。  その怒りを感じ、ノベール家はなんとかジルにとりなして貰おうと考えていた。勿論ジルの気持ちは考えてはいない。ノベール家の総意を断ることなど、今までのジルには出来る事ではないと思った。それが誤算だった。 「ジルっ!」  マグナの叫びに、ジルの体は硬直した。マグナが近づいて来る。ジルは今までの生活の中で植え付けられていた恐怖を感じ、身を強張らせる。 「……っ!」  それを瞬時に感じ、リヒトは叫んだ。 「ジルに話しかけるなっ!」  今度はマグナが硬直した。その瞬間ジルの#強張__こわば__#りが解ける。ジルはふうっと細い息を吐いた。 「『お願い』じゃなく『警告』する。二度とジルに関わるな!」  リヒトが叫んだ。ジルをギュッと抱きしめる。するとジルはホッと息を吐いた。体の力が抜ける。そしてジルは、抱きしめてくれるリヒトから安堵と勇気を貰った。  ジルは再びふうっと息を吐きだし、ゆっくりと口を開いた。 「僕、は、リヒトと……一緒に、いたい、です。今まで、ありがとう、ございました。もう、ここへは……戻りません」  ジルはそう言うと、目を伏せた。  今までの人生が思い出されるようだった。例え幸せな思い出がなくとも、ここは自分の生まれ育ったところだ。  ……最後まで『家族』には、なれなかったな。  そしてジルは心からの決別をする。 「おい、」  マグナの慌てた声を聞きながらリヒトが移転魔法をかけた。 「……! ……!」  マグナの声はジルには聞こえなかった。 「おい! ジル!」  マグナは消える弟の姿に叫んだ。しかし弟からの返事は貰えなかった。そしてアーロンがマグナの肩に手を置いた。 「さ、案内してもらうよ」 「……は、い」  逆らえない。  これが選ばれしαのオーラか。  マグナは愕然とした。  ……終わりだ。ノベールはもう終わりだ。  マグナは心からそう思った。そしてマグナは足取り重く、控えているだろう両親と他の兄弟の集う部屋へと案内した。
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