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第48話 6、勉強したけれど

「間違えたんだよ、ぷにちゃんは。勢いよく飛んできたから、よく前を見ていなかったんだと思うよ」  ホッと息を吐きながら、リヒトはジルにそう言った。 「ぷにちゃん」  ジルは微笑んで、ぷにちゃんをぷにぷにしていた。そしてぷにちゃんは、リヒトと目が合った。無言で会話をする。勿論声は聞こえない。だが、何故か心が通い合った瞬間であった。 『ジルを悲しませたくはない』  その想いが共通に認識された。リヒトとぷにちゃんの心が通った瞬間であった。  共同戦線。戦友。味方。同胞。同盟。同志。仲間。そんな言葉が似合うような互いの視線であった。  今ここに、『ジルを悲しませたくない同盟』が、二人の中で無言のうちに成立したのである。  さて、そんな一人と一匹の心境には気付かないままに、ジルは着替えを始める。先程わかりあったぷにちゃんは、気を利かせて静かに隣の部屋に移動する。そのぷにちゃんの心遣いを感じ、リヒトは心の中で頭を下げていた。  サンキュー、ぷにちゃん。ジルの裸は出来るなら見せたくないもんな。  できれば風呂も……はっ! でもそれだとジルが悲しむのか?  ジルはぷにちゃんと入りたいかも……まあ、その時考えればいっか。  リヒトはリヒトであった。そして着替え終わったジルとリヒトは、並んで教科書を開いていた。  リヒトの字、綺麗だな。ペンを持つ手も綺麗だし。  そういえば食事の時のフォークとナイフを持つ仕草も綺麗だな。  ジルもジルで、勉強とは違う方向に考え出していた。 「……って言う感じ。どう? ここまでわかる?」 「え? ああっ、ごめん。ぼんやり、しちゃって……」  リヒトの手を見つめ過ぎて、勉強どころではなかったジルは、しょんぼりと項垂れた。リヒトはジルの頭をポンポンと軽く撫でる様に触り、話しかけた。 「疲れたよね。休憩する?」 「ち、違うよ、……手」 「て?」 「……リヒトの手を見てたの。綺麗だなって」 「え? 手? そっか。ありがと」 「え?」 「だって俺の事考えてくれたんでしょ? 嬉しいよ」  ジルはリヒトを見つめた。  怒ってない? 優しいな。せっかく教えてくれているんだから集中しよう。 「僕、集中する。もう一回教えてくれる?」 「うん。わかった」  改めて二人は、こんな風に脱線しながらも、勉強を進めていた。その甲斐があって、中間テストの結果は、全体的に平均点にかかっていた。 「リヒト、ありがとう。平均点にまで上がったよ」 「よかったね、ジル」  そこへ水を差すようなクレールの割り込みがあった。 「ふうん。リヒトくんに教えてもらったのに平均点? あははっ」 「それがなにか?」  そのクレールの言葉には、リヒトが反論した。 「いやいや。あのさ、僕はね、リヒトくんじゃなくってジルに言っているんだけどね」 「ジルに関してのことは、俺は容赦しないって言ったはずですけど」 「そうだね。でもジルはいいの? それで。自分のことなのにね」 「クレール」 「……それでも、僕なりに成績が上がったことは事実だよ」  ジルは精一杯反論した。 「あははっ。平均点が精一杯なの? あははっ。さすがだね」 「もうやめてくれませんか。嫌な気にしかならない」  リヒトの空気が変わった。しかしクレールは嘲笑うかのように立ち去っていく。 「はいはい。邪魔者は退散しますよ。怖い怖い。あははっ。シャルルくんだったかな。あんな風になったら大変だもんね~」 「……ごめん、リヒト。僕のせいで」 「ううん。俺の方こそ、なんか、ごめん」  微妙な空気の中、昼休みのチャイムが聞こえてきた。  「ねえ、リヒト。お願いがあるんだけど」  その微妙な空気を一蹴するような、決意の籠もったジルの声が、リヒトに聞こえた。ジルの目は俯かず、真っ直ぐにリヒトを見つめていた。 「リヒト、勉強教えてくれる?」 「ジル?」  ジルは俯きかけた顔を上げ、真っ直ぐリヒトを見た。 「僕は悔しかった。だけど本当のことだから」 「ジル、それは」 「ううん。本当のことだよ。だからお願い。勉強教えてくれる? このまま言われっぱなしは、なんだか嫌なんだ」 「そっか。うん、そうしよう」 「ありがとう、リヒト」  クレールはジルが落ち込んで取り乱せばいいと思っていた。しかし現実はどうだろう。 「この子にも恥ずかしくないような僕でいたいんだ」  ジルのお腹には今、命が宿っている。まだ儚く小さな小さな存在ではあるが、確かにここに命がいる。  だからジルは俯くことなく前を見た。そこにはリヒトがいる。自分の存在を大事に大事にしてくれる彼がいる。  だからジルは前を向いた。 「よし! 頑張ろっか」  リヒトはそう答えた。ジルの笑顔がリヒトの喜びなのだから。  あっという間に昼休みになり、二人は食堂へ行こうと歩いていた。やはりクレールが絡んできた。 「あっれ~? ジルは落ち込んでるんじゃないの?」  取り巻きを引き連れ、クレールはジルにだけそう言った。 「うん。大丈夫だよ」  ジルは一言そう答えた。 「なに開き直ってんの?」 「そう見えるかな」 「はあ?」 「リヒト、行こう」 「なに、その態度」 「まだ話がある?」 「嫌な感じ」 「そう? じゃあ、行ってもいい?」 「はあ?」 「リヒト、行こう」  ジルはリヒトの手をつないで歩きだした。 「ジル、かっこいいね」  リヒトがそう言った。 「そう? 言われっぱなしだったけどね」 「ううん。かっこよかったよ」 「ありがと」  他の人にどう思われてもいいんだ。僕は僕なんだから。  そう思うと、なんだかすっきりしてきたジルであった。後からクレールとその取り巻きたちが、なにやらごちゃごちゃと言っている様だったが、ジルは気にしなかった。  気にならないと言えば嘘になるかもしれないが、気にしなかったことは事実であった。  そんなことよりも、前へ進んでいけることに意識を持っていきたかったのである。  それをリヒトは感じ、嬉しくなった。  俺とこの子が、ジルを支えているって思うと、うん。そっか、うん。  リヒトはどう表現していいのかわからないが、幸せな気持ちに包まれていた。  その日一日2年F組で過ごすことになっていた。シメオンがラオネと共にクエストに出ていたからである。  ジルは午後も、直接ではないがなにやらこそこそと噂されていることを感じていた。当然リヒトがなんとかしようとしたが、ジルはそれをやんわりと止めた。 「僕、頑張ってみる。だから応援してくれる?」  ジルがそう言ったから。リヒトは頷いた。恐らくラオネであれば、周囲の者がこのような言葉を吐けないように、対策を立てるだろう。だが、リヒトは違う。ジルの頑張りたい気持ちを支えている。 「うん、一緒に頑張ろう」  二人で微笑みあう姿は、皆の知る所であるが、今までとは雰囲気が変わっていた。それと同時に皆の見る目が変わってきた。まだ温かく迎え入れようとまではいかないが、手をだそうとしていた者は影を潜め始めていた。 「今日も疲れたね」 「そうだね。先にお風呂入る?」 「そうしよっか」 「じゃあ、俺、風呂の用意してくるから、ジルは少し休んでたら?」 「うん。ありがとう」  リヒトは嬉々として風呂の準備を始めた。  今日こそはジルと二人で!  ぷにちゃんはきっと気を利かせてくれるはず。  リヒトはぷにちゃんを信じた。心が通い合っている仲間として。
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