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二月の告白 8

 一時間後、車は香奈が滞在する予定になっているホテルへ到着した。  タワービルの上階がホテルになっているらしい。ビルの一角、アーチ型の扉が並んだホテルの入り口だけがレトロな雰囲気を醸し出している。  車がロータリーで停まると、すぐに制服姿のポーターが近づいてきた。明るく、尚かつ品の良い笑顔で挨拶すると、荷物の有無を訊いてからトランクのスーツケースを下ろす。 「ねえ、ほんとうに食事をはいいの? せめてものお礼にお昼くらいご馳走したいんだけど」  車から降りたのは旭、香奈、龍生の三人だけで、虎正は運転席に座ったままだ。 「そんな気を遣わなくっていいっすよ。ドライブがてらに向かえにいっただけですから。それに、たくさんおみやげをいただいちゃって、お釣りが出るくらいですって」 「いつも旭によくしてもらってるらしいから。お家のかたにありがとうございますって伝えてね。心から感謝しています、って」  虎正はわかりました、と笑顔でうなずくと、 「龍、おまえもなるべくさっさと帰ってこいよ。旭と香奈さんがふたりで過ごす久々の時間なんだ。邪魔するのは粋じゃないぞ」  そう龍生に言い残してから車を発進させた。  龍生は不機嫌そうな顔で遠ざかっていく車を睨んでいたが、香奈にうながされてエントランスへ歩き出した。  ロビーで香奈をしばらく待ってから、予約してあるというイタリアンレストランへ向かう。レストランは歩いて十分ほどだったが、その間も会話は途切れることがなかった。といっても喋っているのはもっぱら龍生と香奈のふたりで、旭は香奈にしなくてはならない告白のことばかり考えていた。  香奈がふたりをつれていったのは瀟洒な一軒家といった外観のリストランテだった。白い扉を開けて中へ入っていくと、すぐに女主人が笑顔で出迎えてくれた。四十代後半から五十代といったところだろうか。ふっくらとした頬がやさしそうな人だ。  旭は前にも香奈につれられてこの店を訪れたことがある。あれはもう一年以上も前の話だ。それなのに女主人は旭たちのことを覚えていたらしく、 「まあ、ずいぶん大きくなられましたね」  と、旭を見つめて目を細めた。  臙脂色のナフキンや銀のカトラリーが整然と配置された丸テーブルが、ゆったりとした間隔で並んでいる。天井が高く、天窓から燦々と降りそそぐ陽射しの効果で店内は穏やかな雰囲気だった。  客層は老若男女さまざまで、女性ふたりの客もいれば、老夫婦の姿もある。  誰もが幸せそうな顔で笑いさざめき、ワイングラスやフォークを口へ運んでいる。 「龍生くん、遠慮しないでたくさん食べてね。おばさん、男の子が豪快に食べてるところを見るのが趣味なの。なのに、この子ったら少食でつまらないのよね」  香奈は椅子に腰を下ろすと、旭の頬を人さし指でつついた。 「そんなこと言うと、本気で遠慮しませんよー」 「遠慮は無用。旭と仲良くしてもらってるお礼なんだから、たくさん食べてちょうだい。遠慮されたらお礼にならないじゃない」  旭は女主人から手渡されたメニューを開いた。イタリア語らしき言葉で書かれているが、日本語で説明がついているのでどういったものなのかはだいたいわかる。気になるのは値段がいっさい書かれていないことだ。  龍生はメニューを指さしながら、あれこれと香奈に訊いている。屈託のない態度が羨ましい。旭だって隠し事さえなかったら単純に楽しめたのに。 「旭、さっきからえっらく無口だけどどうしたの? お腹でも痛いの。それとも、久々に麗しのお母さまと会って緊張してるの?」  息子を揶揄うときの口調だったが、旭は上手く笑うことさえできなかった。息子の態度がいよいよおかしいと思ったらしく、香奈の眉根がわずかに寄った。 「いったいどうしたの。なにかあったのならちゃんと言いなさい」  頬が強張る。どうせこのままではまともに食事も喉を通らない。だったら、今この場で打ち明けてしまえ――  できるかぎり早く打ち明けたほうが、香奈に隠し事をしている時間が短くなる。 「あ、あの、お母さん、おれ、お母さんに言わないといけないことがある」  龍生が心配そうな目を向けたことに、旭は気づかない。 「なあに? ちゃんと聞くから、落ちついて話しなさい」 「う、うん、あの、おれ――」  旭はこくりと唾を呑みこむと、思いきって言った。 「おれ、ひとり暮らししてるんだ……」
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