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宋山の花児 4

 翠がこそばゆそうに瞬きをして目元を緩め、こちらの顔色を窺うと安堵の息を吐く。先程までの苛立ちはとうに消え失せていた。向かい合ったままで襟元に手を伸ばすと、びくりと肩が動く。 「……嫌であれば、拒め」  言いながら、拒む訳が無いと分かっている。行為そのものも、その中で何をされようとも、翠は俺のする事を拒みはしないだろう。決して自惚れているのでは無く、翠の俺への盲信めいた感情がある故にそう思うのだ。現に今も緊張に視線を逸らしてはいるものの、衣に掛けた手は拒まない。  翠が着ているのは脛まで丈のある光沢の無い黒一色の(ほう)で、喉元まで詰まった襟をしていた。黒い足首の締まった形の下穿きと踵の無い(くつ)と合わせて動き易く、かつ夜闇に紛れる為の物だろう。衣の襟元から右胸に掛けて斜めに小さな留め具が幾つか並ぶ合わせ目があり、脇の下、鳩尾の辺りで紐で結ばれていた。  他の者の目を避ける為とは言え、抱かれに来たと言うのに随分脱がすのに手間の掛かる衣を着ている。留め具を全て外し、鳩尾の紐を解いてようやく包の前を開くと、ぴったりとした肌着と下穿きが姿を現す。細い体だとは思っていたが、包を脱がすとそれが一層感じられた。とても十五を迎えた男の体とは思えない。日々力仕事に精を出す宋山の男であれば尚更だ。 俺の視線に気付いた翠が口を開く。 「……貧相な体でしょう」 「いや」 「大丈夫です。分かっています。他の徒弟達と比べたら俺は相当貧相ですから。骨と皮とは言いませんが、逞しさは皆無と言って過言ではありませんし」 「否定は出来ないが……何処の場に行っても邪険にされると言っていただろう。それで録に仕事が出来ないせいではないのか」 「特別仕事が割り振られずとも、片付けやら何やら、何かしらの仕事をするようにはしていたのですが……。恐らく体質なのだと思います。俺は北方の民の出なので」  北方の民とはその名の通り燿国の北、国境の山脈の麓に住む民の事である。古くは山脈を越えた先の国々から流れて来た者達で、翠の抜ける様な肌の白さも遥か北国の血を引いている為なのだと合点が行く。 「北方の民は大抵、熊の様に屈強に育つか、葦の如く細長くなるかだと言われているのです。男も女も大きく育つ者は背丈も高く肉体も逞しく育ちますが、そうでない者は背丈が伸びても肉は付かないのだと聞きました。俺は恐らく後者ではないかと」 「成程。北方の男は頑健な戦士が多く女は柳の如き美姫ばかりと聞いた事があるが、それは男と女に限られた話では無かったと言う事か」 「ええ。きっと男も女も、目立つ方ばかり噂になるのでしょう」  翠が小さく笑う。故郷の話をしたせいか、その表情が幾分和らいでいる。 「……お前が熊の方でなくて良かった」  肌着の裾に手を滑らせながら言葉を継いだ。 「如何に健気に思えても、熊を抱く気にはならぬ」  きょとんとしていた翠の表情が、一拍置いて綻ぶ。 「……ふふ、芳さまもそんな軽口を言われるのですね」 「俺を詰まらない堅物とでも思っていたか?」 「いえ、そんな事は……、っ」  無邪気に笑みを浮かべていた口が不意に息を詰まらせる。 「あっ、芳さま」  肌着の中へ侵入して来る手に翠が慌てた声を上げるが、構わず裾を捲り、露わになった腹から胸へと手を這わす。 「っ、いけません……」 「何がいけないと言うのだ。お前は今、俺に初夜を貰われに来ているのだろう」 「それは……」 「この調子では夜が明ける」  言うと翠は口を噤み、微かに眉根を寄せて目を閉じた。 「……それは了承と取って良いのだな」  訊ねればこくりと頷く。その首肯を受け、無造作に肌を滑らせていただけの手の動きを、じっくりと肌の質感を味わい情欲を誘うものへと変える。下穿きの紐に手を掛けるとひくりと臍の辺りを震わせたが、抵抗はしなかった。  紐を弛めた下穿きから手を入れると下着の紐に触れた。そこには触れずに腿の方へと指を伸ばして柔らかな産毛の感触に行き当たり、その柔らかさを感じつつ太腿をねっとりと撫で上げる。胸、脇腹、太腿、そして触れただけでその細さの分かる腰骨。順繰りになぞり、そして徐々に胸の突起や腿の内側、更に奥まった所へと手指の刺激を増やして行く。すると徐々にその白い頬に朱が差し、閉じていた唇からは湿った吐息が溢れ始める。その(おもて)が堪えているのが羞恥だけでは無いのは明白だった。その証拠に、腿の内側を撫でた頃から腰が揺れている。

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