6 / 69

06

柚希side 『10分休憩したら、衣装に着替えろよ』  リハ室を出ようとする僕の背中に、大好きな桜庭さんの声が刺さった。僕は背中を見せたまま、軽く手をあげて承諾の意を見せてから部屋を後にする。  久しぶりにムカついた。桜庭さんが近くにいなければ、あいつフルボッコにしたのにな。  僕は、クールで口数少なくて。感情の起伏もそんなに無い男と桜庭さんに思われてるみたいだけど……違う。クールじゃない。ただ興味ないだけ。桜庭さん以外は、どうでもいい。桜庭さんが傍に居てくれるためなら、なんでもするだけ。  桜庭さんとただ繋がっていたいだけ。心身ともに。セックス以外は従順でありたい。桜庭さんの悦ぶことをしたいんだ。  自販機でミネラルウォーターを買うと、一口、口に含んだ。 「プロ失格。本番前に冷たい水なんか飲んで。せっかく温めた喉の筋肉を冷やしてどうすんの? また耀の力不足って言われたい?」  僕の背後に立って、嫌味を言ってくる男がいた。僕は振り返ると、口の中に含んだ水をそいつの顔面に吹き出してやった。  さっきの怒り、どうやってこいつにぶつけてやろうかと思ったが。意外なところで、仕返しができた。 「ああ、良かった。口に入れたはいいけど、吐き出す場所がなかったから。いい受け皿が目の前にあった」 「やってくれるねえ、キミ」  スーツのズボンからハンカチを出した男が、にやっと笑った。 「とんだ狼だな。声、そんな低いんだ。従順そう振舞うのは、耀の前だけってことか」 「で? なに?」 「は?」  僕は、自販機の横の壁に寄りかかると、スーツ男を見下ろした。188センチあると、たいていの男は見下せる。目立つ体系は好きじゃないが、いまは高身長で良かったと思う。  あと、桜庭さんを抱くときも。高身長で良かったと思ったな。すっぽりと抱きしめられる。 「僕がリハ室から出て、一人になるのを待ってた」 「キミは何も知らないだろうから。捨て駒になる前に、私が拾ってやろうと思って。あいつらは、HANTER再結成のためにお前の喉を利用してる。ケイと声質が似てる。キーが少し低いが。相手に与えるインパクトはケイにそっくり。それにケイのために作ったHANTERの曲を歌わせるには、お前がいないとな。ソロで歌わせてるように見せて、HANTERメンバーによる活動に引き込んでる。ただ、HANTERと名乗ってないだけで、メンバーはそのまだ。ただ、ケイと私が居ないだけ。歌っていればわかるだろ? キーが自分の声に合ってないって。高音域がキツいだろ? それはケイのために作った楽曲をそのまま歌わされてるからだ」 「で? あんたなら僕に合う曲で歌わせてくれると?」 「もちろん」  僕は腕を組んで、ふんと鼻を鳴らした。 「条件は? 僕をそっちの事務所に引き込むんだから、好条件なんでしょ?」 「給料、いまの2倍を出そう。契約金もはずもうか。住むところも手配しよう。耀と暮らしてるんだろ? 監視されて、休めないだろ? 女を抱く時間もないだろうし。キミ専用のスタジオも用意できる」  こいつ、何もわかってない。金にも、女にも興味ない。僕専用のスタジオ? そんなのいらない。
いいね
笑った
萌えた
切ない
エロい
尊い

ともだちとシェアしよう!