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「短気? ふざけ。あそこまで桜庭さんを追い詰めておいて、しれっと横を通って帰ってこい、と? 移籍の件で追い詰めて、声まで失いそうになってんのに。普通にしてろっておじさんは言うわけ?」 「声? 移籍の件で……? あ……それ、もしかして」 「おじさんのせいか?」  柚希の声が一気に低くなった。じりじりと柚希が近づいてくると、長瀬の目が宙を泳いだ。 「へえ、おじさんが。追い詰めたんだ。桜庭さんを……。8年前の姿を知ってて。僕が移籍するかもって。言ったわけ。ケイってヤツと同じように、裏切られるかもって不安を煽ったわけか」 「いや……そこまでは。ただ、ケイのときみたいに指をくわえてあちら側にいくのを眺めてないで、行動してみたら?的な……。俺的に背中を押したわけで」  柚希が「ふざけんな」と叫んで、長瀬の横にあるパイプ椅子を蹴り飛ばす。ガシャンと大きな音を立てて、床に倒れた。  長瀬が座ったまま、背中をそり返して冷や汗を流していた。 「ほら、なんっつうか、言葉のアヤっていうか。なあ……そんなに怒るなよ」 「怒るだろ」 「いつも、従順柚希ちゃんスマイルは? にこーって」 「は? おじさんには必要ねえし。もともと僕が可愛い性格じゃねえの知ってんだろ。僕はいま、キレてんだよ」 「み、見ればわかる! そうとうキレてる」  長瀬がウンウンと何度もうなずき、両手をホールドアップした。 「どういうこと?」  僕の声に、長瀬が「たすかった」と言わんばかりの表情を見せてきた。柚希が振り返ると、にこっと笑う。これが、長瀬のいう「従順柚希ちゃんスマイル」というものだろうか? 「桜庭さん、声。震えてない。普通に戻ってる」  柚希が嬉しそうに笑顔を見せると、俺をぎゅうっと抱きしめて脳天にキスを落とした。「よかった」と俺は、耳元で囁かれて、カッと顔が赤くなるのがわかった。  歌い終わった柚希の少しかすれた声が、色っぽい……とか思ってしまったからだ。 「あんなにキレてる柚希を見てたら……震えが飛んでた」  いつもクールで無口で。淡々とスケジュールをこなしていく柚希が、椅子を蹴り飛ばして怒る? 信じられない。何を言われても怒らないし、愚痴も言わないのに。 「柚希は俺の姉貴の子供。俺からしたら甥っ子。ま、歌が天才的なのは、姉貴のおかげだな。歌唱力はあるからな、姉貴は」 「長瀬のお姉さんは、独身じゃあ……」 「独身だよ。隠し子っていうの? 公にはされてない。歌手生活を続けるためにね。で、柚希はHANTERの大ファン。もうオタク級な。その中でも、作曲とギター、さらにケイのバックコーラスをしていた耀のファン。ケイの声なしでコーラスだけの曲をくれって、わずか10歳で俺を半殺しの刑にあわせるくらい狂気的なファン」 「くれないからだろ」 「だからって半殺しの刑はおかしい。最終的にやっただろ。それをオカズに抜いてるのを見たときは、もう……変態をこの世に生み出した姉貴を恨んだけど」  うるせえよ、と頬を赤らめて柚希が顔をそむけた。  え? 抜く?  ケイの声ナシコーラスで? って、僕の声がおかず?
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