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『できない。柚希との契約がある。柚希に歌い続けてもらうには、俺は誰とも身体の関係を持てないんだ』  廊下で、桜庭さんの声が聞こえた。  はっきりと白井の誘いを断っている声が。僕は、ドクンっと胸が高鳴ると、今まで必死に抑え込んでいた欲望が、ズボンの中で解き放たれた。  壁に寄りかかって、ビクビクと身体が痙攣する。  くそっ。こんなときにイッてる場合じゃないのに。パンツが気持ち悪いっての。  身体の波が収まると、僕は再度を歩き出した。テーブルに手をついて、桜庭さんの話を立って聞いていた白井のケツに蹴りを入れた。 「おっさん、鍵をくれよ。手錠が外れないんだ」  尻を蹴られてバランスを崩した白井が、床に倒れこんだ。すかさず白井の腰に僕は足を乗せた。 「ゆず、き?」  桜庭さんが不思議そうな声をあげた。 「ケイが外してくれた。ただ手錠の鍵はコイツが持ってるから」  僕は手錠を桜庭さんに見せて笑った。  手首についている痣と傷を目にした桜庭さんの目に涙が滲むのがわかった。  白井を踏みつけている足に体重を乗せる。「ほら、鍵出せよ」と。 「くっ、う」と嗚咽を漏らして、白井は頭を押さえていた。倒れたときにぶつけたのだろう。  それくらいで、唸ってんじゃねえよ。僕はもっと、あんたに痛い思いをさせられたんだぞ。薬でおかしくなってるから、そこまで痛みはなかったが。 「桜庭耀に危害を加えた場合、または事務所から引き抜いた等の行いをした場合……契約違反とみなし、すべてを公表しても良いものとする」  部屋の入口で、おじさんの声がして振り返った。黒のロングコートに白いマフラーをしたおじさんが、勝ち誇った顔をしていた。 「話はケイのスマホから聞かせてもらった。通話中にしてここに置いておいてくれた。別室で話されてたら、困ったが」  おじさんが肩をすくませて笑う。カウンターに置いてるケイのスマホを手に取って、おじさんはコートのポケットにしまった。 僕の横に立つと、「柚希、どけ」とおじさんが低い声を出した。僕はおじさんの威圧に負けて、白井から足を退けた。  フッと緊張の糸が切れた僕は、よろよろとソファに倒れこんだ。  おじさんにあとは任せればいいや、そう思ったら、いろいろとどうでも良くなった。
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