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『一人で現場入りしろ』  また?  白井からのラインを見て、げんなりする。最近、多すぎる。長瀬さんの事務所の新星・YUZUKIが歌番組に出るようになってから、ちょくちょく仕事をさぼるようになった。  事務所いわく、調査の一環なんだろうが。俺からしたら、どうでもいい。一人で現場に行き、衣装の確認やらのこまごまとしたことも自分でやり、歌い終わって、帰宅するのも一人。  いい加減にして欲しい。体調が良いときなら、まだ我慢も出来るが……今日は絶不調だ。白井がいれば、軽度の症状のうちに馴染みの病院で、点滴を打っていたのに。  それが出来ず、ハードなスケージュールを淡々とこなすだけで手一杯の毎日。ちょっとの体調不良など、気にしている余裕なんてなかった。放置してた結果がコレだ。  年末の大事な時期に、やらかしている。  ピピっという電子音でわきの下の入れてあった体温計を引き抜いた。38℃を余裕で越えている。  仕方がない。家にある市販の解熱剤でどうにか、今夜の歌番組を乗り切ろう。仕事が終わったら、速攻で家に帰って、すぐに寝て、翌日の仕事は少しでも身体を楽にしたい。  キッチンの引き出しに入れてある解熱剤を4錠ほど、鞄にねじ込んでから俺は家を後にした。 「お疲れ様です。あとは本番、よろしくお願いします」  リハを終えて、俺は控室へと向かう。白井はどうやら、この建物内いるらしいが。俺のマネとしての仕事はしてないようだ。  ジャージのポケットには解熱剤が入っている。まだ飲んでいない。ギリギリまで耐えないと。本番のときに、薬がきいているようにしなくちゃだから。今は辛くても安易に飲めない。 「ケイ」  突然、背後から呼ばれて、俺は足を止めると振り返った。8年ぶりに見る長瀬さんが目の前にいた。予想していた距離よりも近くにいて、俺は驚いた。 「長瀬さ……ん?」 「ひどいな。熱は何度ある?」  動揺でぐらつく身体を支えるように長瀬さんの手が腰に回った。 「ね、つ?」 「あるだろ。必死に隠して、平静をよそっているが」 「38℃」 「白井は何をやってる?」 「何も。俺が熱を出てるなんて知らない」  白井はYUZUKIの存在が気になって、マネどころじゃないから。  大丈夫です、と俺は長瀬さんの胸を押して、距離を開けた。  頼れない。頼っちゃいけない。俺はもう、長瀬さんの事務所の人間じゃないから。  俺には歌しかない。歌で生きていくんだ。そう決めたんだ。  俺は長瀬さんから離れると、歩き出した。ヨロヨロしながら、控室のドアを開けると、フッと目の前が真っ暗になった。 「おいっ! ケイ、ケイっ!」  遠くに聞こえている声が近くで呼ばれていると気が付いて、俺は重たい瞼をあけた。
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