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第14話 皐月と空港

羽田とボストンの直行便はなく、シカゴのオヘア国際空港で乗り継ぎをして行く事となった。 深夜便ではなく、昼間の15時30分離陸の便を指定して、21時頃に到着する。そして仕事終わりの蒼が空港へ迎えにくる予定にした。 平日昼間の羽田空港は観光客も少なく、閑散としている。すでに自分は荷物の搭乗手続きも終わり、なけなしの金でエコノミーの席のチケットを入手した。 チケット購入をする際、蒼が大袈裟に足を心配して、ファーストクラスを予約しようとして必死で止めた。足はゆっくり歩けば目立つこともなく、ほぼ前と同じように動かせるようになっていて、そこまで心配する必要はない。 『一応、僕は医者なんだから、お願いは訊いて欲しい』 最後まで真剣に言う蒼をなんとか説得して、自分のお金で購入したチケットにしたいと押し通した。 対等でありたいが為に、蒼のお金で行くのは嫌だった。ファーストクラスなんて、昨年の医療費で打撃を喰らった財布が爆破しそうだ。 せめてビジネスにしてくれとせがまれ、無理矢理購入されそうになったが、そこまでお金を出されるのも嫌で、分かったと聞き流して予約したとだけ報告し、事なきを得た。 あとは搭乗時間を待つだけか……。 時計を見ると、早く来たせいかまだ時間がたっぷりあった。 屋上に近い所でアイスコーヒーを飲んでいると、子連れの親子がジュースと珈琲を微笑ましく飲んでいた。 そしてその光景を眺めていると、親子の父親らしい男がこちらに顔を向けて、手を振ってきた。後ろを振り返ると誰もおらず、じっとその父親らしき人物の顔を凝視すると見覚えがある。 あ、黒瀬だ……。 アイスコーヒーの氷が解けて、一瞬身体が硬直した。 「皐月、久しぶりだね!どこに行くの?」 「あ……」 にこにこと爽やかに笑いながら、黒瀬は近づいてきた。上擦った声が口の中でかき消え、嫌な予感が頭の中でぐるぐると巻いていた。 「珈琲を飲んでいたんだ。一緒に飲もうよ」 黒瀬は強引に手を引いて、自分が座っていた席の横に腰を下させた。 すると目の前の小さな子供が視界に入った。目鼻立ちのはっきりした可愛らしい顔が見える。 「ああ、ごめん。息子なんだ。(ゆう)、挨拶してごらん。」 「……こんにちわ。」 子供はそう呟くとおずおずと頭を下げて挨拶をした。 顔をあげると、僅かに顔をこちらに向けて大きな瞳を瞬かせている。 「悠君、何歳?」 「…………5歳」 小さな声で呟いて、さっと黒瀬の影に隠れる。 背丈は小さく、大人しそうだが、子供らしい艶やかな黒髪が光っていた。 「人見知りなんだ。大人しいから、ちょっと心配でさ。」 黒瀬は苦笑しながら、座っていたテーブルに腰を下ろし、珈琲を飲んだ。 悠は大人しく座って、槙がお菓子を差し出すと、黙って食べていた。時間はおやつの時間には丁度良い。 「皐月、どこに行くの?」 「…………ボストンかな」 「奇遇だね、僕達もボストンに行くんだ」 悠と変わらない声で呟くと、黒瀬は満面の笑みで言った。ちなみに羽田からボストンへは1日に数本しかない。 「そっか、同じ飛行機だね」 上手く動揺を隠し、平静を装いながら明るく返答した。残った生ぬるいアイスコーヒー飲むと、落ちていく液体に胃が痛くなった。 「皐月の席、どこ?」 「後ろの方だよ。黒瀬は?」 一番安いエコノミーとも言えず、無難に返答したが黒瀬は食いついてくる。 「僕は前かな。ねえ、一緒に行こうよ」 「え?」 「チケットこれ?」 一瞬で傍に置いていたチケットを黒瀬は勝手に手に取り、どこかへ電話をかけ始めた。 電話の相手は分からず、ジュースを飲む悠と呆気にとられながら、二人で電話する槇を黙って眺めていた。悠は確かに大人しく、賢そうに椅子に座り、じっと黒瀬を見つめいる。 「……えっと、どこに電話してた……?」 満面の笑みで電話を切る黒瀬に良い予感はせず、何か巻き込まれてるんじゃないかと不安になった。 「ああ、僕の知り合い。席を僕の隣に移動してもらって、チケットを新しく発行してもらったよ」 黒瀬は満足げに微笑んだ。 その顔は付き合ってた当初とかわらず、手腕も強引のままだった。 ああ、そうだ。 黒瀬はいつだって、突拍子もなく自分の思い通りに行動してた。 忘れていた記憶が蘇り、溜息をついた。

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