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第15話

黒瀬に強引に航空券の席を変更され、あまりの横暴ぷりに呆れていた。 あと2時間ほど離陸するまで時間があったが、急に座席を変更なんて無謀すぎる。 「大丈夫だよ、平日の昼間だし、すぐに隣の座席を用意して貰ったよ。長時間のフライトだから話相手が出来て楽しみが増えた。」 黒瀬は清々しい笑顔で、残りのコーヒーを飲んだ。そういう所は本当に昔から変わらない、前のカミングアウトももしかしたら悪気がなくやったのだろうか。 ふとポケットの携帯が振動した事に気付いた。 「ごめん、槙。ちょっと電話する…」 槙を横目に見ながら、電話を見ると画面の表示に菫蒼(すみれ あおい)と表れて胸がときめいた。 『皐月、今日だよね。今、羽田?』 甘い声が心地よく響き、早く逢いたい気持ちが馳せる。 携帯を耳に当てながら、気持ちを抑えて目を細めた。 「そう、もう少しで飛行機に乗るよ。そっちは朝?」 電話の向こうで、蒼は歩いて話しているのか雑踏が聞こえた。これから病院へ出勤するようだ。 『うん、これから行くんだ。今駐車場。こっちも暑いよ。明日の夜逢えるね、楽しみにしてる。』 蒼が甘い声で囁いた途端、急に横やりが入った。 ――――――「皐月、僕達ちょっとお手洗いに行ってくるよ」 急に槙の声が響いた。 顔を上げると悪気がない槙は手を振って、悠の手を引きお手洗いに消えた。 『…………皐月、誰かいるの?』 「あ……」 最悪なタイミングだった。 急に蒼の声が低くなり、不機嫌になるのが電話越しでも分かった。 『………黒瀬さん?』 「えっと……、うん、まぁたまたま一緒でさ。」 急に甘い雰囲気が打ち消されて、心臓の鼓動が早まった。 いや、落ち着け、何も悪い事はしていない。 『……そうなんだ、彼もどこか行くの?』 「うん、なんか家族旅行に行くみたいだよ。楽しそうだよね」 そう言うと蒼は少しほっとしたような感じが電話から読み取れた。 そう言いながら、自分はそういえば奥さんの姿が見えないと今更ながらに気づいた。 『そっか、じゃあ皐月も気を付けてね。着いたらまた連絡して。』 「わかった。蒼も仕事、無理しないで」 『ありがとう。愛してるよ、またね。』 「うん、俺も愛してる。」 何とか事なきを終えて、ほっとしていると黒瀬が悠を連れて飲み物を追加して戻ってきた。 にこにこと機嫌が良さそうに温かい珈琲を差し出した。 「終わった?」 「やめてくれよ、誤解される所だった。」 「菫さんだっけ?この間も怖い顔してたけど、彼?」 黒瀬はやはりわざと声をかけてきたのだ。 意地悪そうに笑って、自分の隣へ悠を座らせた。 「彼だよ、付き合ってる。だからわざと茶化すのはやめて欲しい」 「彼、嫉妬深そうだもんね。一緒に行くってちゃんと伝えた?」 怒って言うと、にこにこと悪びれずに珈琲を飲んだ。 悠はジュースをやめて、お茶を飲んでいた。 「………それより、奥さんは?見当たらないけど。」 周りを見渡しても黒瀬の奥さんらしき人物は現れず、悠も寂しそうに待つわけでもない。 二人で海外旅行なんて珍しい。 話題をかえながらも、今更ながら不思議に思う所が多々あった。 「離婚したよ。」 黒瀬は目を細め、溜息をつきながら言った。 あまりにも落ち着いて話すので、思わず新しい珈琲を噴き出しそうになり、舌を火傷しそうになった。

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