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第16話
「………いつ?」
恐る恐る黒瀬の顔を見ると、飄々として微笑んでいた。
「三年前かな?性格の不一致で円満離婚。向こうはもう再婚して、悠々自適に暮らしてるよ。今回はちょっとビジネスで悠も連れて行くんだ。」
しれっと黒瀬はそう言い、珈琲を飲み切った。
悠は隣で静かに絵本を読んでいる。
「………それは、ご愁傷様。そして火の粉を俺に飛ばそうとしないで欲しいな。」
黒瀬の離婚は衝撃だったが、そこまでショックではなかった。そして、自分の気持ちが誰に向けられてるのか認識させられてほっとした。
「僕も独身だし、フライト中は楽しもうよ。」
「断る。本当に誤解されたくないんだ。彼とは別れるつもりにないし、傷つけたくない。暇つぶしなら、他を当たってくれ。」
「……酷いなぁ。君に逢えたのが嬉しくて、ついつい付き合ってたなんて言ったら、彼さ、凄い怖い顔してたよね。傷つくなんて考えられないなぁ。」
クスクスと思い出しながら黒瀬は笑った。
そうだ、長く離れてたせいで忘れていたが、思い出した。黒瀬はやはり意地が悪い。
久々の再会で確信したが、蒼と全然似てなかった。どうして蒼と黒瀬を重ねていたのか、わからないほど似てない。
「兎に角、揶揄うなら他を当たってくれ。本当に大切な人なんだよ。」
怒りながら、時計を見るとすでに離陸の時間が迫ってきそうだった。
自分は立ち上がって、カップを片付けた。
このまま黒瀬のペースに巻き込まれて、また変な疑いを持たれるのは勘弁だ。
悠を横目で見ると、おずおずと自分のカップを差し出してきたのでまとめてごみ箱に投げこんだ。
「羨ましいな。君がそんなに夢中になってくれる恋人がいるなんて」
背後で腕を組みながら、黒瀬の声が名残惜しそうに聞こえた。
「自分にはそもそも魅力なんてないよ。それに、槇だってちゃんと本気だったさ。過去の話なんだから、もういいだろ?」
「ふーん、随分ご熱心だね。彼、僕と同じように向こうで浮気してるんじゃない?」
「……っ…!」
その言葉に身体が硬直した。
黒瀬はにこにこと爽やかに笑い、さらに続けた。
「向こうで君に内緒で誰かと会ったり、食事したりしてるんじゃない?」
聞きたくない挑発だった。
自分は無言で怒り、必要な荷物だけを持って立ち去ろうとすると、急に手を掴まれた。振り返ると槙は困ったような顔をして立っている。
「……離せよっ!」
声を荒げてしまい、悠を見て慌てて冷静を取り戻そうとした。大きな瞳を潤ませて怯えているのをみて、気まずくなり顔を逸らす。
「ごめん、懐かしくて揶揄っただけだよ。一緒に行こう。ちょっと離婚して荒んでた。君達が羨ましくなって、意地悪言ったんだ、許してほしい。」
ああ、わかった。こういう所だ。
黒瀬は強引だが、優しい口調で微笑まれ、いつもこうやって欲しい言葉を与える。
そしてこの顔に昔から弱く、丸め込まれてしまう。おそらく蒼とこういう所が共通しているのだ。
こうやって哀願されると、自分がなんでも許す術を黒瀬は知っている。
「………本当、余計な事はしないで欲しい。勘弁してくれ。」
「うん、わかったよ。」
黒瀬はほっとしたように微笑んだ。
自分は黒瀬の後ろに隠れてる可愛らしい悠に近づいて、優しく微笑んだ。
「ごめん、びっくりしたよね。ちょっとお父さんと喧嘩しちゃってたんだ。怒ってないから許してほしいな。」
悠は強張っていた顔を緩め、おずおずと頷いてくれた。
父親よりも人間性があり、安心した。
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