17 / 59

第17話

「槙、これファーストクラスじゃないか!」 前を楽しそうに手を繋いで歩く親子の後ろを歩きながら、渡されたチケットを凝視した。 散々蒼の小言を断って、エコノミーを手に入れたのに振り出しに戻された気分だった。 「え、嫌だった?」 「いや、払えないよ。こんな………。」 「別に勝手に変更したんだから、気にしないでよ。………何があったかは後で聞くけど、その脚で長時間はきついよ。」 ちらっと足元に黒瀬は目線を下ろした。 もう普段と変わらないように動かしていたのに、僅かに引き摺っている脚をどうやら気にしていたらしい。 「…………ほっといてくれよ。」 その目線のせいか、酷く惨めな気分になった。 黒瀬はプレイコーナーに悠を連れて行き、遊ばせた。 悠は大きなクッションを重ねたりして、他の子供とすぐに仲良くなり遊んでいた。 「君は昔から素気ないよね、最初は可愛い時もあったけど……。」 黒瀬 槙とは高校、大学と8年ほど付き合った。 初恋も全て捧げ、人生最大のトラウマを植え付けた男だ。年は同じなのにひどく落ち着いていて、大人びていた黒瀬は他の同級生から一目置かれた中心人物だった。 『この本もお勧めだよ。』 よく行く図書室で一人本を読んでいた自分に、黒瀬は唐突に話しかけてきた。 中心的存在に声をかけられて、あまり交友関係が広くもなく、ただ本の虫だった自分は初め誰かに間違えられて声をかけられたと思った。 『………そう、ありがとう』 素っ気なく答えたのが気に入らなかったのか、その日から黒瀬はよく話しかけてきては本を勧めてくるようになった。 それからいつの間にか好きになってしまい、流されるまま付き合うが、大学に入学した頃から黒瀬の浮気が目立つようになった。 初めは気のせいかと思ったが、だんだんと鈍い勘も当たるようになり、それは確信へと近づいていった。当時は黒瀬が好きだったのと、自分が男であることから、繰り返される浮気にひたすら我慢を重ねて、何も言わずに平然を装っていた。 そして長い年月が麻痺を作り、いつしか黒瀬が浮気しても、当然のように自分の所へ戻ってくると思い込んでいたのかもしれない。黒瀬は最低な奴だったが、セフレなどはおらず一時的な快楽を求めるだけで、単にそれを繰り返していた。黒瀬は躰だけ繋いで、相手を傷つける事はしなかった。上手く遊んでは戻ってくるのだ。 自分勝手な考えに嫌気がさしながらも、身勝手な黒瀬に振り回されて、結局は破局した。 別れは円満だったような気がしたのが、幸いだった。

ともだちにシェアしよう!