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第18話 藍に乱点(8)

「はい、お待たせ」  頭にタオルを巻いた店主のおじさんが壺に入ったソースにとぷんと一度くぐらせ、揚がった串カツを薄紙に包んで先輩に手渡す。ソースに漬けたとき、小さくジュウッと音がした。 「純生、ここで食べて行こうよ。その間に雨足も弱くなるかもしれないし」  包み紙をめくって、先輩は僕の分の串カツを渡してくれた。まだ少し熱い竹串を持って、薄茶色の衣にかぶりつく。 「へんぱい、おいひぃでふねぇ」 「揚げたてだからね」  サクサクの衣とソース、その下の熱々の肉汁と豚肉の組み合わせは部活帰りの空腹に効いた。肉の間に挟まっている玉ねぎも甘い。  すぐに食べ終わって隣を見ると、先輩ははふはふしながらまだ食べていた。先輩は上品だから食べるのが少し遅い。  食べ足りない僕の視線に気づいた先輩は、肉が一つ残った串を差し出して「食べる?」と聞いてきた。冗談のつもりだろうが、僕は遠慮なく食いつく。そのまま串を奪い取り、肉を飲みこむと、先輩がフリーズしていた。  食欲に負けて、やってしまった……! 「ごめんなさいごめんなさい、先輩。僕、買って返します! すみません、おじさん、あと一本ください! あ、やっぱり二本!」  やりとりを見ていたのか、店のおじさんは日焼けした顔をくしゃくしゃにして、揚がったばかりの串を二本、薄紙に包んでくれた。財布を浴衣の胸元にしまいつつ先輩を見ると、なぜか背を向けている。  「先輩、これ」と二本の串カツを献上するけど、こっちを向いてはくれない。耳がうっすら赤くなっていて、これは怒ってるな、と冷や汗が出る。  テントを叩く雨音の大きさはまだ変わらず、僕は食べ終わった串と食べる前の串を持てあまして困った。怒ってるとこなんて見たことがない温厚な先輩だけど、やっぱり食べものの恨みは恐ろしいらしい。 「先輩、ごめんなさい。あの、冷めちゃいますよ?」  背中に向かってもう一度謝ると、肩から上だけこっちを向いた先輩は「一本でいいよ」と串を受け取ってくれた。もう普通の顔だった。  僕はほっとして、残った串カツを遠慮なく食べた。やっと腹が落ち着いて、何気なく先輩を見ると「もうあげないよ」とくちびるをとがらせる。いつもしっかりして大人びているくせに、お祭りだからだろうか、今日はなんだか子どもっぽい。可愛いと言ってもいいくらいだ。そんなこと言ったらまた怒るかもしれないけど。

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