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第4-3話

「攫われたのは萩氏の青殿に間違いありません。倅が言うには、怪士の仕業と」  周囲の武士や従者が一斉に響めく。その中にありながらも麗は姿勢を崩さない。氏の主人に相応しく肝の据わった男であった。  清瀬は爽の隣に膝をつきながら麗の様子を盗み見た。  深い皺を額に刻み、煩わしそうに眉を寄せて瞼を伏せている。厳しい態度には青があんなにも頑なな質になるのも納得がいくよう。情の欠片も持ち合わせていないような男に見える。青が愛され方を知らないのも、清瀬の囁く言葉に反応が鈍いのもすべてこの父親のせいではないかと、清瀬は睨む。 「それで、どうするつもりだ」  呆れたような口調で尋ねる麗の声を耳にしながら清瀬は唇を噛みしめた。  ――まずは青の安否ではないのか。 「怪我をしている様子はありませんでした」 「虫がよりつきやがって。花が咲いているとまずい」  足を揺すって苛立たしげに放つ麗に清瀬は口を閉ざす。結実を気にすべきではないのかと、一瞬呆けた。  もし、凪が催花のことしか告げていないのだとしたら、それには一体どんな企みが――。  この男、もしや。  清瀬は逡巡した。  麗は清瀬に出液せるつもりは毛頭なかったのだと至る。  一族の種を清瀬に渡しておきながらその首を掻くというのは実に奇妙な話である。青には入液までに殺せと命じていたか。だが果たせずに終わったものだから、凪が機転をきかせたのだろう。  見抜けなかった俺も間抜けだと、清瀬は拳を握る。  清瀬を亡き者にした後は、催花も入液の面倒もない青を別の婿と交わらせるつもりではあるまいか。  清瀬は怒髪天を衝くほどの怒りに戦慄いた。  熟々、麗という男は青を種としか思っていない。外道のような男。  ――元々俺を殺すつもりでいるのなら、わざわざ手の上で転がされる必要もない。 「青を、連れ戻します」 「婚儀までに、間に合うのか?」  清瀬は怒りを堪えて低く呻くように言い放つ。 「目の前で、青を取り逃がした屈辱を晴らさせていただきたい。捜索の手を、萩氏に煩わせるわけにはいきません。私にお任せいただきたい。その代わり、お願いがございます」  すっくと立ち上がる清瀬に、爽は並ならぬ決意を察して咄嗟に声を上げる。 「何をいうつもりだ」  取り繕うとする彼に、清瀬は凜然と発した。 「葛氏の姫君と結んだ良縁は解消させていただきます」  なに、と麗が眉を潜める。 「若君が青を催花させたのだろう? あいつの身体は気に入らなかったか。縁を破るというのなら、清瀬殿が青を探す手間をかける必要もない」  清瀬は沸々と煮えるような思いに唾を飲む。 「氏や種など関係なく、私が青を見つけたいのです」  そのとき、麗は密かに汗を滲ませた。青の種を取られるわけにはいかない、と。 「萩氏と鹿氏の溝を深めるつもりか」  やにわに厳しく問い詰める麗を尻目にかける。 「父と勝手にやっていればいい。因縁を気にしてばかりで愛する人を守れないでは、一体何を守れという」  清瀬は踵を返し、足早と去って行く。その背を睨み付けながら麗は爪を噛む。  爽が咄嗟に葛氏の主人に目を向けたのを、麗は見逃さなかった。葛氏の主人に何事かを囁かれれば事態はややこしくなる一方。麗はさっと腰を上げ、鹿氏の見送りを、と叱りつけた。 「それから、紫の婿殿に知らせを。婚儀は少し先になると」

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