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第4-4話

 飛び出していった侍従を横目に、凪は麗を睨み付ける。 「紫の君に婿をとったのですか?」 「凪、清瀬を殺してでも青を連れ戻せ。決して種を奪われるな」  紫に婿があるのなら、一族の男児は誰を向かわせるつもりなのだ。  凪の身体は硬く強ばる。じりじりと焼けるような痛みに汗を握る。  まさか、青ではないだろうな、と麗を見据えた。 「種は誰が授けるのです」  凪の言葉に麗の節だった顔がみるみるうちに赤く高揚していく。 「いらない情を持つものではないぞ、凪」  まともに応じるつもりもないのだと、凪は悟る。麗の言葉尻は暗に凪の不安を肯定するようであった。  やはり、と奥歯を噛みしめる。  清瀬の首が落ちれば青はくれてやると、麗はそう言ったのだ。  まさか、その約束を反故にするつもりなのか。 「清瀬殿の死後、青殿を私にくれると言ったではありませんか」  このまま引き下がれというのか。青の恋い慕う相手ならまだしも、そうでない男との交接を見逃せと。 「だからなんだという。出液しなければ、婿殿の穂先に種がつかない。そんなわかりきったことをなぜくどくどと!」  麗は鞘を握り、石突きを柱に叩きつけた。その鈍い音に周囲の侍従どもは蒼白となり、慌てて凪を止めに入る。しかし凪はその腕を振り払い、麗につかみかかる勢いで食い下がった。 「青は、それを受け入れているのですか!」 「受け入れるも何も、そのためのものだろう。種として役目を果たせば青はくれてやる。ただの雑色に欲情でもしているのか。青を連れ戻してこい。清瀬に先を越されるな」  凪は呆然と意識が遠くなるような思いだった。  青が人を殺せるはずがない。だから青にかわってこの俺が、と凪ははじめから決意していた。  青がしくじれば躊躇なく切り捨てろといわれていた。麗の目を誤魔化すくらい青のためならなんてことない。だが、それはただの脅しだった。  青を殺すつもりがないことくらい、麗だって知っていたのだ。  ――俺に清瀬を殺させる算段だったか。  鹿氏の婿を殺すこともできず、凪に生かされた青が屋敷に連れ戻されれば、青の生きる道はそれしかないとでもいうように、紫の婿との交接を迫るつもりだったのだろう。  鳥肌がたつ。噛みしめた歯の間から血の味が滲んだ。  なぜ、青は何も言わないのだ。寄り添うことさえ拒むというのか。  それほどまでにこの身体は頼りにならないか。青の為ならこの命、簡単にも掻き出せるというのに。その思いを、どれほど注いでいると思っているのか。なぜわからない。  腹立たしい。  青を盾に取られれば身動きができないのだ。  彼を無理矢理にでも連れ戻せばどうなるか。挙げ句に清瀬を殺そうものなら。  ――俺は永遠に恨まれるのだ。  青の心さえ手に入らず、その愛情が振り向くこともない。それなのに、好きでもない男の前に引きずり出した凪を、青は生涯根付くような恨みを抱くことだろう。一生その身体に触れることさえ叶わないものとなる。  だからといって、このまま指をくわえて清瀬に取られるのを見ていろとでもいうのか。幼い頃からずっと焦がれていた青。新芽が兆すような柔らかな顔で笑う彼を手に入れるため、ここまで耐えてきたのだ。そのためなら清瀬との交接だって目を瞑った。  今更手放すことなどできるはずもない。  ――青の心が欲しい。  我を失うような気持ちで、凪の足は屋敷を後にした。

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