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第18話

 佐江の付き添いで、医務室に向かうことになった、颯は時々ふらつく身体を佐江に見守られながらゆっくりと廊下を歩いていく。  颯の身につけているコックコートは、背中は足跡だらけ、前は鼻血のせいで血で汚れている。それらを隠すために、颯は諒大が貸してくれたジャケットを羽織っている。  佐江と諒大が助けに来てくれて本当に助かった。  諒大は、以前から飯塚たちのことを調べて知っていたのだろうか。名探偵さながらズバズバ言い当てて、相手は反撃の余地もなかった。アルファの能力は高すぎるから、平凡以下の颯には、頭のいい人の思考はよくわからない。 「佐江さん、すみません。迷惑ばっかりかけてしまって……」 「そんなこと言わないで。全然大丈夫ですよ。諒大に言われてやってるってことにすれば、これも仕事のうちになりますし」  佐江は可愛い顔をクシャッとさせて笑顔になる。こんなに可愛い顔でにっこり微笑まれたら、ホテルの客だけでなく、どんなアルファでも虜にしてしまうことだろう。 「そうだ、これっ」  颯はスマホケースの中にしまっていた諒大のマンションのカードキーを取り出す。 「諒大さんに……渡してください」 「そうだった! 私たち、そのために待ち合わせしてたんですよね。いろいろありすぎて、すっかり忘れてた」  てへぺろする佐江。あざといと言われがちな、てへぺろ顔まで可愛いなんて佐江はすごい。こんなに可愛いオメガと御曹司アルファが幼馴染だなんて、本当によくできた話だ。 「はぁ……」  どうしてこんな人に勝てると思ったのだろう。運命の番だからって、無理に決まっている。どちらが諒大に相応しいか一目瞭然。隣に並ぶことすら恥ずかしく思うのに。 「諒大のマンションの鍵を持ってるなんて、ふたりはどういう関係なんですか?」 「えっ?」 「諒大のマンションに泊まったんですか。それで、朝、諒大が先に出て、あなたに鍵を預けたの?」  佐江は盛大な勘違いをしている。諒大のマンションなんて泊まってもいないのに。 「ち、違っ……これは、諒大さんの落とし物でっ、たまたま僕が拾ったっていうだけで、あの……っ、その……」 「だって落ちてるの拾っただけじゃ、諒大のものだってわからないですよね? このカードキー、見てもなんの特徴もありませんよ」  佐江の度重なる追求に、颯はうまく答えられない。諒大のためにも変な誤解だけはされたくないのに。 「り、諒大さんが家まで送ってくれて、そのときに落としていったから……あの、諒大さんは僕のこと嫌いだから気にしないでくださいっ、僕がどう思ってたって諒大さんが嫌いなんだからっ」  途中から自分が何を言ってるのか頭がごちゃごちゃになってしまう。うまく説明することはとても難しい。 「なんですかそれ。七瀬さんは諒大が好きで片想いしてるってことなんですか?」 「え! 嫌いです!」  咄嗟に否定しようとしたが、嫌いって言い方は間違ってる。でも、それならなんて言えばよかった……? 颯の頭の中は大パニックだ。 「本当に嫌い……?」  佐江の勘ぐるような視線が痛い。きっと佐江は大切な諒大を取られるのではないかと不安なのだろう。たとえ相手がこんな出来損ないオメガだったとしても。  嫌いです、と言わなきゃいけないのになぜかそのひと言が出てこない。どう答えたらいいのかわからなくなって、颯が黙っていると、佐江は大きなため息をついた。 「わかりました」  佐江はにっこり笑う。さっきと同じ完璧な笑顔だ。 「諒大と七瀬さんはお互い嫌い同士で、それなのに諒大は七瀬さんにジャケットを貸して、七瀬さんは嫌いな諒大のジャケットをしっかり身体にくるんでるってことですねっ」 「はい……」  完全に佐江にからかわれている。一生懸命に諒大との仲を否定したかったのに、全然うまくできない。 「ジャケットは汚れちゃったから、クリーニングして返しますって諒大さんに伝えてください……」  否定すればするほどドツボにハマるような気がして颯は言い訳をやめた。きっと大丈夫だ。颯が何を言っても、諒大と佐江の固い絆は壊れることはないだろう。

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