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1 ハイブリッド・ティーローズと約束3

「そんなに緊張しなくていいよ。碧くん、と呼んでいいかい?」 「あ……はいっ! ありがとうございます」  語尾が窄まる。  恥ずかしい。初めて会った日にこんな失態をしてしまうなんて。  余計に一輝の顔を見ることができない。  なんでこんなに緊張してしまうのだろう。  家族からはマイペース過ぎると言われるくらい、いつもはのほほんとぼんやりとしているのに、一輝の前では変わってしまう。 (なんで僕、こんなになっちゃうんだろう)  目が離せなくなったり、逆に見つめられなかったり。まったく正反対の行動をとっている。碧は自分でも混乱していた。  こんなに固くなったら相手に失礼だとわかっているのに、頭の中にいろんなことがぐるぐると駆けめくり、本当になにも言えない。  ひたすら固まっている碧に、一輝はクスクスと笑った。 「緊張しないでというのは無理だね。良かったら少し外に出ようか」 「……はい」  一輝の後を追い、広い庭園に降りる。  春先の庭園には色とりどりの花が咲き乱れ、小さなバラ園まである。碧はそれに惹きつけられた。今までの緊張が一気になくなり、駆け寄る。 「花が好きなの?」 「はい……この薔薇描いたら綺麗だなと思って……」 「絵を描くのかい?」 「今、油絵を描いているんです!」  碧に許されたのは、家でできることだけだった。部活も禁止され、登下校も運転手の送り迎えと徹底されている生活になに一つ不満はないけれど、家族みんなが忙しく帰ってくるまでの暇つぶしで始めたのが絵画だった。やってみたら面白くて、風景画ばかりだが通ってくる先生に色々教えてもらいながら一年前から油絵を描き始めている。 「どんな絵を描くの?」 「風景画とか植物とか……でも僕は家から出ちゃいけないから庭の風景とか庭師さんが育てた花とかになっちゃうんですけど」  不満はない。  けれど修学旅行も遠足もすべて参加できないのは少し寂しい。いつも変わらない風景だけを見るだけだから。  過保護な両親は碧のために旅行も諦めているのを知っているから、仕方ないと諦めている。 「僕が毎日お薬を飲まないといけないくらい身体が弱いから、なかなか遠くに行けないんです」 「そうだったんだ。なんの薬を飲んでいるんだい?」 「グルゴーファという、父の会社で開発された薬です」  ここ数年飲み続けている薬の名前を口にする。自分のどこが悪いのかわからないけれど、学校以外で外に出ることを両親も兄たちも快く思っていないから、碧も我慢するしかなかった。 「ご両親が許してくれたら、いろんなところに行きたい?」 「行ってみたいです、山も海も! 僕、行ったことないんです」  写真やテレビで見るが、潮の香りも森の香りも碧は知らなかった。

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