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4 水族館とあなたの隣とダメな僕1

 マンションの一室に帰りついた一輝は、ジャケットをソファの背に放り投げると、そのまま深くソファに腰かけた。 「はぁ……」  深い嘆息が零れる。  あの子は、凶器だ。  まさかあれほどまでに可愛らしく庇護欲を掻き立てる人間が存在するなんて。  最初は緊張してなにも話せないほど固くなっていたのに、次第にその態度が軟化し屈託ない笑みを向けてくれるようになったのは嬉しいが、それがどれほどの威力で一輝の心臓を打ち抜いてきているか本人は知ってやっているのだろうかと疑問に思うほど、何度も何度も一輝の心臓を打ち抜いてきた。  損得勘定なくまっすぐな眼差しというのに初めて向き合った一輝は、大人の余裕という名の猫をかぶりつつ、内心は衛生兵を求める瀕死の兵士の心境だった。 (なにもかもが、可愛すぎる!)  玄の言葉ではないが、無垢すぎる。  なにも知らず、少しのことで喜び、小さなことでも羨望の眼差しを向けてくる。そのたびに碧に抱いていた感情がどんどんと膨れ上がっていくのだ。ただ可愛い子、だったのがどんどんと、愛しい子へと変わっていく。しかも急加速で。 「参った……」  細い肩を抱いてた手を見つめた。  抱きしめたら毀してしまいそうなほど小さく細く、少し高い体温の感触がまだ残っている。  守ってやりたいと思わせる細さなのに、時折抱きしめたくなる衝動を与えてくるのだ。 「あれは……無自覚小悪魔だ……」  本人が全く意識していないところで、ガツンガツンと男の劣情を煽ってくる。キラキラと周囲を見ていた瞳が次の瞬間すべてを諦めていると言いたげな悲しいものへと変わった時、一輝は思わずその身体を抱きしめてしまいそうになった。病気と口にするたびに悲しい表情を浮かべられて、何度も彼が飲んでいる薬の説明をしようとした。菅原家との約束で堪えるのが精いっぱいだった。  初めてのデートで、嬉しそうな笑みを浮かべる彼が可愛くて、渋谷なのをいいことにいかがわしい宿泊施設に連れ込みそうになった自分がいたことにそっと伏せる。  まさか、10歳も年下の見合い相手が、ここまで男の劣情をくすぐる存在だったとは……。  今まで一輝が知っているオメガとも全く違った存在に、のめり込んでしまっている自分がいる。  果たして結婚するその時まで、キス一つせずにいられるだろうか。  前途多難な予感しかなかった。 「それにしても、やることが徹底的だな、菅原家」  この情報化社会において、ネット環境が全く与えられていない高校生がいるなんて信じられなかった。  きっと自分が飲んでいる薬のこと、オメガという現実を知らせないためなのだろうが、すべての情報をシャットアウトする徹底ぶりに愕然とした。しかも学生生活のビッグイベントすら「病気」のせいと思い込ませて休ませてしまうなんて。

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