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8 挨拶と婚姻届と悲しい現実1

 結婚の準備と一言で済ますにはやることが多すぎる。  まずは親への挨拶だ。  仲人を通してプロポーズした旨を伝え、挨拶へ赴く日程を伺うと、菅原家でもう話が通っているのかトントン拍子に進み、翌週にはきちっとスーツに身を包み、菅原家へとデートではなく訪ねることとなった。  何度も訪れたことのある菅原家へこんなに緊張して赴くのは初めてだ。定番の「お嬢さんをください」は使わず、淡々と結婚への許しを求めた。隣で碧が緊張した面持ちで座っているが、スムーズに許可は下りた。難癖をつけてくると予想していた兄たちは二人とも仕事で家にいないと言われ、内心ほっとした。彼らがいたら絶対に反対してくるだろう。しかも面と向かってではなく、ねちねちと過去の出来事を引っ張り出して色々言ってくるだろう。それを恐れて昨夜は質疑応答予想マニュアルまで作ったほどだ。  なにを言われても、碧と出会って変わったことを伝えるだけ、幸せにすると伝えるだけだと頭に叩き込んでいただけに拍子抜けもしていた。  そんな一輝の過去など、菅原家の財力をもってすでに調査済みだとも知らずに。  一輝の隣に座っていた碧は、自宅ではそれほど緊張してはいなかったが、一輝の両親に会った時は真逆でカチカチに固まっていた。 「そんなに緊張することはないよ、碧くん」 「わ……わかってます」  と言いながら、右手と右足が同時に動きそうだ。そこまで緊張しなくてもいいと何度伝えても、返ってくる笑顔が引きつっている。正直、江戸から続く老舗製薬会社である菅原家に比べれば、上場したのは昭和に入ってからという天羽家のほうが格が低い。だから今回の結婚を昔に例えるなら伯爵家の令息を男爵家に迎えるくらいの格差があるのだ。  そう伝えても碧はそんな大それた家の出身を笠に着るのではなく、ただの高校生として等身大の姿で向かおうとしている。その慎ましさが一輝の両親、特に父に好感を与えたようだ。制服で来たのも良かったようだ。  普段は気難しい父親が、碧が挨拶をした途端、相好を崩し歓迎の言葉を伝えてきた。 「よく来たね。碧くんの話はよく一輝から聞いているよ」  嘘だ。一度だって話したことはない。碧のことは見合いの釣り書きを見ただけで今まで興味も覚えていなかったはずだ。だが実物の碧を目にしたら気に入るとは感じていた。  正直、天羽家は小動物系の人間に弱い。普段格好つけているが。  一輝がそうであるように厳つい顔立ちの父もだ。目の前で仔猫が鳴こうものなら拾って帰ってしまうくらいだ。

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