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14 反省する大型わんこ系後輩アルファ

 高井は、怯えたような目を俺から逸らしながら言った。 「ご、ごめんなさい……っ! 誉さんのうなじ、しっかり噛んじゃいました」 「しっかり噛んじゃいましたなレベルじゃないぞこれ! 一体何回噛んだんだよ!」 「さ、さあ……?」  さあ、じゃない。俺は溜息を吐くと、痛みを堪えながら優しく指の腹でなぞっていくことにした。  オドオドしている高井の端整な顔は、正直あんまりアルファっぽくはない。と言っても、高井以外こんなにちゃんとアルファと交友を深めたことがないから他のアルファについては想像でしかないけど。 「つ――、」 「あっ、無理して触ると傷口が……っ」 「うるさい」  睨みつけると、高井がしょぼくれた。 「……うう」  大きな歯形の輪が、少なくとも三重にはなっていると思う。それ以外に、ベータやオメガよりも発達している犬歯で深く抉った傷が……分からない。数えきれないほどあるんだよ。鏡で確認したいような、したくないような。俺、スプラッタ映画は苦手なんだよな……はあ。 「……いくら何でもこれはさあ……」 「ほ、誉さん……っ」  そんな目で訴えたったって、さすがにこれには軋轢を避ける俺だって怒るぞ。しかも噛みそうになったら怒っていいって言われたからな、俺は怒るぞ! 怒るんだからな!  だってな、ベータな俺だったからよかったものの、これがオメガだったらどうなってると思う? 一発で番成立だぞ。高井には自分がアルファだっていう自覚をもう少し持ってもらわないと、いつかこいつが後悔する気がする。  ということで、できるだけ声を低くして言ってみることにした。 「……高井くん? これはどういうことか説明してくれますかね」 「ひっ」  上目遣いでジロリと睨むと、高井が怯えた目で見下ろしてきた。……悪いことをしたのがバレた犬の目なんだけど。笑うなよ、俺。 「あのなあ。そもそも噛まないって言ってたよな? なのにお前さ、これはいくら何でもやり過ぎだと思わないか?」  滅多に怒らない、というかそもそも高井が日頃から優秀すぎて叱ることすら珍しいので、俺の叱責は高井にはテキメンだったらしい。  じわりと綺麗な形の瞳が潤む。……だから俺、堪えろ。笑うんじゃないってば。 「すみません……誉さんのうなじがとても可愛くて、我慢できなかった記憶がうっすらと……」  なんだよ俺のうなじが可愛いって。何の色気もないベータの男のうなじに、可愛いもクソもないと思うぞ。  チラチラと俺のうなじに視線を送る高井がどことなく嬉しそうなのは、俺の気のせいだろうか。まあうなじを噛むなんて普通やらないだろうから、ちょっとばかり興奮してしまっているのかもしれない。  表情を懸命に隠そうとしているのにできていない高井を見ているとやっぱり大型わんこにしか思えないので、可愛い。  だがしかし、俺は先輩だ。高井を正しく導く責任がある。いくら酒の勢いでヤッてしまったこととはいえ、注意は必要なんだ。 「こほん。……お前さ、しかもラットになっただろ?」 「はい……そうだと思います。自制が効かず申し訳ないです……」  悔しそうに唇を噛む高井。やっぱりあの瞳孔が開きっ放しのトンデモな状態はラットで間違いなかったらしい。恐ろしいな、アルファのラット。俺なんか一切抵抗できなかったぞ。  高井は子供っぽく唇を尖らせながら、ボソボソと言い訳をし始めた。 「誉さんを抱ける! と思ったら、こう堪えていた糸がプツンと切れるように飛んじゃいまして。頑張って耐えてたんですけど、誉さんからキスしてって言われた瞬間にこう……身体中から好きが溢れました」 「おい、」  そこ、さり気なく人のせいにするな。確かに言ったのは俺だけども。 「僕、ラットなんて二度となるもんかって思ってたんです。なのにまさかこんなに簡単にスイッチが入るなんて……」  二度となるもんか? ということは、過去に一度経験があるってことか。だが、今はそれはいいんだ。 「……はあ~」  わざと深い溜息を吐くと、高井が更に俯いてしまった。もう完全に叱られている大型わんこにしか見えない。吹き出したくて腹がひくひくしてるのがバレないといいんだけど。  高井が、本気で泣きそうな顔になった。 「い、言い訳です……痛くしてすみませんでした……!」 「本当だよ、全く」 「でも僕のって感じがして最高にそそ……」  ギッと睨むと、高井が慌てて顎を引いて黙った。見えない耳と尻尾が垂れている気がしてならない。……ちょっとキツく当たりすぎたかな。高井の反省のポーズが段々と哀れに思えてきたところで、じゃあそろそろ許してやってもいいかな? と思い、締めの言葉に入る。 「……まあ、酒のせいはあるだろうから」  すると、高井がきょとんとした顔で返してきた。 「え? 僕、昨日はお酒を一滴も飲んでませんけど?」 「は?」 「誉さんが空きっ腹でお酌の時にお酒を一杯飲まされるのは分かっていたので、誉さんを介抱できるようにと思って」  さも当然とばかりに語る高井。俺を介抱する気満々だったのか、こいつ。やっぱり先輩想いのいい後輩なんだよな……はは、可愛いなあ。 「えーと、マジ?」 「マジです」  にしても、じゃあこいつ、昨夜はシラフの状態で俺を抱いたのか――?  混乱して俺が目を白黒させていると、高井が悲しそうにまつ毛を伏せる。   「僕……っ、もうひとつ誉さんに謝らないといけないことがあって……」  まだ何かあるのか。混乱の内容はとりあえず横に置いておき、高井に聞き返した。 「なんだ、言ってみろ」  高井の膝の上に寝そべった状態で、俺も随分と偉そうな口を聞くもんだと思うけど。  すると、高井が涙目になりながらほざいた。 「セーフセックスをするつもりでいたのに、我を忘れてしまってゴムなしの生でヤッてしまいました……!」 「えっ」  そう言われてみれば、そうだった。でもあれラット状態の前からだったよな? もうすでにあの時点で高井は危険な状態になってたってことなのか?  ふと、ギンギンに勃ってパンツを濡らしていた高井の股間を思い出した。……アルファって性欲が半端ないって聞くし、うん。  高井が、非常に申し訳なさそうな上目遣いで続ける。 「で、ですね……。お、お腹の中にせ、精液を残したままだと、お腹を壊すらしくて……っ」 「おいマジか」 「マジです。――なので、誉さんがすやすや寝ている間に済ませようと思って、その……掻き出しを」 「は? もう一度言ってくれ。よく分からないんだけど」  片眉を上げながら尋ねた。  掻き出し? 何を、どこから掻き出すんだ――?  高井が、反省したように眉を八の字にしている癖に、堪え切れないように頬をピクピクと緩ませる。なんでそんな嬉しそうなんだ、お前は。 「ええと、その、誉さんの後ろに僕が指を突っ込みまして、誉さんの中に出した僕のを掻き出し……痛い痛いっ!」  高井が喋っている最中だったけど、俺は両手を拳に握り締めると高井のこめかみをぐりぐりとしてやった。 「おーまーえーなああッ」 「ごめんなさいっ! 痛いっ、あ、でも誉さん上手に吐き出せまし――痛い痛いっ!」 「もうお前は黙れっ!」 「えっ、そんなあッ!」  いやいやをするように首を横に振る高井に怒っている表情をして見せると、高井はじっと俺を見てキュンとした顔になる。 「……誉さん、真っ赤になっちゃって可愛いです」 「――ばっ、」  馬鹿言うんじゃない! とこの後輩わんこを叱る筈、だったけど。 「……次はちゃんとゴムつけますね?」  おい、次があるのか。これって一体どういうこと――。  聞きたかった俺の言葉は語られないまま、気付けば両手首をあっさりと掴まれて、俺と高井の唇は重なり合っていたのだった。

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