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運命と番いたい③

 リュカが扉を開くと、白髪混じりの栗色の髪を後頭部で丸く束ね、メイド服に身を包んだ年配の女性が立っている。彼女はリュカがスタンレイの街に来た時からこの屋敷で働いている。  彼女に限らずこの屋敷で働く者の多くはこのスタンレイや周辺の街の出身の者で、王都からリュカに着いてきたのはディオンだけだった。 「実は、アンリ王子がお見えになっています」  メイド長のその言葉にリュカは眉を上げた。 「お兄様が⁈」    アンリ王子はリュカの七人の兄のうち五番目だ。  ちなみに、六番目の兄とアンリは双子なのでその順番は本人たちの主張によりたびたび前後している。  普段は王都で過ごしているはずのアンリがこの地を訪れることなど初めてのことだった。  急ぎガウンを羽織り身なりを整えると、リュカはアンリの待つ応接室へと向かった。  扉を開けると、窓際のソファに腰掛けたアンリは足を組んで優雅な仕草でソーサーから持ち上げたティーカップを傾けていた。 「アンリお兄様!」  リュカが言うと、アンリはその栗色の瞳を持ち上げた。  ウェール王国には側室制度があり、リュカとアンリは母親が違う。  アンリの持つ栗色の瞳と髪の毛は南部出身の彼の母親譲りだ。その顔立ちは美形王族の名に恥じぬ美しいものだが、色白で中性的なリュカに比べて、アンリは健康的な肌色をしており、エキゾチックで強かな雰囲気を持っている。 「やあ、リュカ、久しぶりだね」  そう言って穏やかに口角を上げたアンリは、ゆっくりとティーカップをテーブルに置き、またゆっくりと立ち上がった。  穏やかといえば聞こえはいいが、アンリの仕草や語調は時々人を苛立たせるほどにのんびりとしている。 「すみません、こんな格好で」  リュカは胸元にガウンを手繰り寄せながら、手を上向けて座ってくださいとアンリに示す。  アンリはまたゆっくりとソファに腰を下ろしていく。その仕草に焦れながら、リュカも彼に続いて向かいのソファに腰を下ろした。  すかさず、メイドがリュカの前にも湯気のたった紅茶を運び、二人の王子の前に二色のマカロンをそれぞれ置いた。 「いいんだよ。こちらこそ、突然すまないね」  そう言ったアンリ王子の視線はマカロンに釘付けだ。彼は甘いものが好きだと、先ほどメイド長に耳打ちしたのはリュカだった。 「どうされたんですか? こちらにいらっしゃるなど、珍しいですね」 「うん」  アンリは頷いただけで一度言葉を止める。その後に続くものがありそうなのだが、それよりも先にピンクのマカロンを摘み上げると、嬉しそうに目を細め「コレはストロベリー?」と傍に立つメイドに尋ねた。  頷いたメイドに、今度アンリはまたゆっくりとした仕草でもう一つのグリーンのマカロンを指差している。  焦れたリュカは「そちらはピスタチオです!」とアンリの質問に先回りして答えた。 「実は、学院に用があってこちらにきたんだけどね。そのついでと言ってはなんだけど、リュカにも用事があるんだ」  ストロベリー味のマカロンを一口食べて、紅茶をすすり、アンリはようやく話を続けた。 「僕に用? いったいどんな?」  リュカは首を傾げた。  

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