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いらっしゃいませ、ご主人様!①

           ◇ 遠くで何かを叩く音がする。  覚醒を促すかのようなその乱暴な音に、リュカは徐々に意識を取り戻していった。  薄らと瞼を開くと視界に映るのは見慣れない天井で、背中には硬い床の感触がある。  ぼんやりとした意識の中で必死に記憶を辿ったが、泉で足を踏み外したところで、リュカの記憶は途絶えていた。 --ドンドンドンッ!  さっきよりもハッキリと乱暴な音が耳に届く。  リュカは頭を持ち上げ、ゆっくりと床に手をつき起き上がった。  室内にいるようだが全く覚えのない場所だ。  狭い空間に一つだけ窓があるが、中途半端に閉まったカーテンの向こうは暗く、どうやら夜だということがわかる。しかし室内に灯りは付いていない。  周囲にはぺたんこのマットレスにボロ切れのような衣服、そして何かの食べ残しやら、紙屑やらが散乱し、室内の空気は淀んでいた。  手をついた床を見下ろした。絨毯でも床板でもなく、草を敷き詰めたような素材で、ところどころに何かをこぼしたようなシミがある。 --ドンドンドンッ!  また乱暴な音が鳴り、リュカは顔を上げた。  その先には簡易な調理場があり、その脇に板を貼り付けただけの扉がある。音はそこから鳴っていて、おそらく誰かが乱暴にノックしているようだった。 「おい、ジジイ、いるんだろ?」  扉の外から声が聞こえる。苛立ちをはらんだ男の声だ。リュカは立ち上がった。  泉に落ちたはずだが服も髪も濡れていない。乾くほど時間が経っているということなのだろうか。 「ここは……なんだ? 牢獄?」  ぐるりと見渡すが、やはり答えは見つからない。 「おいっ、居留守使ってんじゃねぇぞ! 開けろコラっ!」  表の声はさらに苛立ちボリュームを増した。  リュカは恐る恐る扉に近づく。何かゴミを踏んだのか足元でカサリと音が鳴った。それが薄い扉の外にも聞こえたようだ。 「居るみたいですね」 「音聞こえたな」  どうやら二人ほどが扉の向こうにいるようで、そんな会話が聞こえた。 「おいっ! 開けろ!」 --ガンッ!  扉が激しく揺れ動いた。どうやら男が扉を蹴ったようだ。リュカは驚き体を震わせながら、ゆっくりとドアノブに手を置いた。 「何者だ」  リュカは扉を開けないまま、そう問いかけた。 「あ?」  向こうから怪訝な声が返ってくる。 「ジジイの声じゃないですね?」 「息子か?」  そんな会話が聞こえた後で、扉の向こうから男がまたこちらに叫んだ。 「オメェの親父に金貸した者だ」 「え、お、お父様に⁈」  リュカは驚き問い返す。  リュカの父親はウェール王国第十四代国王だ。国の財政が傾いているという話は聞いたことがない。国王が金を借りるなど、俄には信じ難かった。 「あーそうそう、そのお父様に貸したお金返ってこねぇのよ、とりあえずここ開けてくれるか?」  言いながら、男はまた扉を蹴り飛ばしたようだ。 「そ、それは、申し訳ない! しかし、お父様が金を借りるなど」 「いいから開けろって言ってんだ‼︎」  また扉が大きく揺れて、リュカは仕方なく質素なドアノブを回して扉を押した。  少し開いたところで、隙間から勢いよく男が足を挟み込んできて、無理やり戸を引っ張られた。ノブを握っていたリュカの体はつられて外に飛び出してしまう。  どうにか倒れることは免れ、リュカは恐る恐る顔を上げた。  

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