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第6話 あまり見かけない種族

 まず口を開いたのはホクトだった。自分の胸に手を添える。 「ご丁寧にどうも。あっしはクァフト」  聞き取りやすいようにと気を遣っているのだろうか。ずいぶんのろまな速度で話す。  ホクトはちらっとボスに目線を動かす。 「誰かさんが聞き間違えたおかげで、仲間内ではホクトと呼ばれていまっす。ま、好きに呼んでくだあががっ」  待ちきれないとばかりにホクトを押しのけ、自分を指差しミナミがニケの視界に入り込む。 「で、俺がミナミ。ホクトと俺じゃあ、俺の方が年上だかんね。お兄ちゃんって呼んでいいよ?」  そんな年上を今度はホクトが押し返す。 「割り込んでくんな! 順番を知らんのか」 「はいはいうるさいうるさい。お前のそののんびりした話し方を聞いているとむかむかしてくるんですよぅー。もっとしゃきしゃき喋ってくださーい。0.75倍速の呪いでもかかってんですかー? ほんとイライラする寿命が縮んだらお前のせいだ」  苦情を受けてもホクトの速度は変わらない。 「ほっとけえぇ! 自己紹介一発目で名前聞き間違えられてんぞこっちは。ゆっくりにもなるやろ。お前がせっかちなだーけーだー」  つかみ合いの喧嘩をするふたり。といってもお互いの顔が気に入らないのか、頬のつかみ合い合戦を繰り広げているだけなので、仲裁に入ろうか悩む。 「んんっ!」  と、そこでオキンがわざとらしく咳払いをした。ニケの肩が跳ね、青年たちの動きがピタリと止まる。  自分たちがどんな場所にいるのか思い出したようで、ホクトは相手から手を離すと顔を真っ赤にして小さくなった。  痛む頬を摩りながらもミナミは心臓が鉄で出来ている様子。何事もなかったようにへらへらと自己紹介を再開した。 「で、俺は天氷(てんひょう)族。ミナミクレイオだからミナミね。ねぇ~、ニケ君。ミナミお兄ちゃんって呼んで~。ねぇねぇ~」  両手を合わせて身体をくねらせる同僚に、ホクトは一歩引く。 「お前……気持ち悪いな」 「っせ! 俺は末っ子だったんだから、お兄ちゃん呼びされるのが憧れなんですー。引っ込んでろ長男」 「てんひょう? 豹?」  聞き慣れない種族名だと思いつつ、ニケは抱いていた座布団をミナミに差し出す。ここまでお客様に座布団をお出しするのを忘れていた自分を恥じた。 「……む!」  でもそうすると、ホクトの分の座布団がないことに気づく。  ホクトは苦笑気味にいらないっす、と手を振る。そんなわけには、と首をめぐらし周囲を探す。ミナミは受け取った座布団に座らずに、よっこいせと抱き上げたニケを座らせた。 「え? で、でも」 「いいって。俺、座布団使わない派だしー。って、豹じゃないよ? 俺は海の民。北の海の更に向こう。「氷の国」出身なんだわ」  氷の国。もはや遠すぎて想像することも難しい最果ての地ではなかったか。  口調がくるくると変わる独特な話し方のミナミを見つめるニケに、キミカゲは補足する。 「天氷はこの辺だと無貝(むかい)族とも呼ばれているね」  ニケは目を瞬かせた。  ――あー。なんか聞いたことがある。  無貝族は男女問わず華奢で、成人してもそれほど大きくならない。青い髪の毛はよく見ると透き通っていて、精緻な宝石細工のよう。その隙間から猫耳のような突起がふたつ飛び出しており、頭から水晶が生えているように見えるのが特徴。  宝石を削って造られた彫刻めいた容姿から、絶滅寸前にまで追いやられた哀しき種族。  「神に愛された」としか思えない外見。そのせいか「天氷の一部を身につけていると、幸せになる」。そんなおぞましい噂が立ち、彼らは乱獲された。  実際にあった悪い歴史、「天氷狩り」である。  幸せになりたいヒト。病を遠ざけたい者。老いから逃れたい願い。  女子供関係なく、捕らえられた天氷族は生きたまま手足を落とされ、バラバラに解体された。指や肉片は仲間内で宝石のように分けられ、彼らは天氷族を「身につけた」。  それが――「魔九来来防具」の生まれるきっかけとなった。  見つけ次第殺され続け、もうこの世界に、天氷は百人もいないといわれている。  オーロラよりお目にかかれない種族が目の前に現れ、ニケは思わずまじまじと見つめてしまう。  彼の髪が黒いのは、身バレ防止のためだろう。ヘアバンドのように頭に布を巻いているのも、水晶突起が見えないようにするためだ。  それなのに正体を話してしまっていいのだろうか。こんな玄関で。しかも戸が開いていて通行人がたまにこちらに視線を向けていくくらい風通しの良い場所で。  紅葉街は、治安は良い方だが絶対安全ではない。神が見ているライヴカメラがいるのに人攫いを決行した蛮勇野郎のように、危険な人物というのはどこにでもいるのだ。  確かにバックに竜がいるなら、多少の、いやかなりの身の安全は保障されているのだろうが。わざわざ正体を明かして危険を増やす意味が分からない。  ドン引きされている人族と違って、彼らは常に狙われている身だ。  誰も聞いていなかっただろうかと、ニケは耳をヒクヒクさせながら小さな声で訊ねる。 「あの。正体を言っちゃっていいんですか? 聞かなかったことに……しましょうか?」  気まずそうに言われ、ミナミは芝居がかった仕草でやれやれと肩を揉む。 「いやいや。気にせんでよろし。俺が正体を馬鹿みたいに暴露するにもちゃんと理由があるんだ。それはボスとの約束なんで教えられないけど――。ま、そういうわけなんで。コバンザメのように竜とか、力のある種族にくっついていないと、マジ生きていられないんでー。生きづれぇったらないわ。あ、でも根掘り葉掘り質問しないでくださいよ?」  口の前で人差し指を立てて、片目を閉じる。悲惨な過去を持つ種族とは思えないほど、明るい笑みだった。 「……」  ニケの聴覚は嘘をそこそこの精度で見破る。  ミナミは、嘘はついてはいない。空元気、というわけでもなさそうだ。  だが――  彼は隙なく着物を着こんでいるが、手を上げた時などに覗く手首に、目をそむけたくなる傷跡が見えた。……それはあの双子巫女、その姉の顔に刻まれたものとよく似ている。同じ人物、いやそれはない。きっと似たような武器で傷つけられたのだろう。偶然のはずだ。 (なんでこんなに希少種が集結しているんだろう……)  人族、星影に天氷。  一生のうちでお目にかかれるかかかれないか。大体はかかれないのが普通な種族に囲まれている。何の奇跡か偶然か。 (紅葉街は神使殿も翁も竜もいる。この治安の良さが引き寄せているのか? ううん……。……ま、ええか)  ニケは考えるのをやめた。  八歳児の頭には、荷が重かったようだ。

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