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第7話 狼の兄ちゃん

「あっしは丹狼(たんろう)族。……ま、同じイヌ科同士、仲良くしましょうっす」  ホクトのアーモンドアイを、ニケはじっと見つめる。  丹は赤土という意味があり、土の魔九来来(まくらら)使いがまれに生まれる種族である。赤犬族とよく似ていることから、祖は同じではないかと囁かれている。 「くぅん……」  ぺたんと耳を倒してキミカゲの背に隠れ、困り顔だけを半分出す。  体格は丹狼の方がでかく力も上回っているため、殴り合えばまず赤犬族が負ける。そのため、赤犬からは怖がられている……のだが、丹狼からすれば赤犬は可愛く映るため、仲良くしたいまたは虐めたいと追いかけ回し、余計に嫌われている。  ニケがここまで怯えていたのは竜の他に、丹狼(たんろう)まで現れたからだった。  オキンが話している間、ずっと家の外から狼のにおいが漂ってきて、気が気ではなかったのである。 「ふうむ。ならば」  思案顔でオキンは小さく唸る。とはいえ、竜の尾が地面を擦ったような音に近く、ニケは再び白衣の中に潜り込んだ。 「ぴい!」 「これ。そう、怖がるでない」  オキンは口をへの字に曲げるも、伯父と子分から総ツッコミが入った。 「いや、無理でしょ」 「無理っすよ。あっしでもたまに怖えっす」 「怖いね(真顔)。存在が(真顔)」  オキンは苦虫でも齧ったような顔つきになった。 「ホクトが怖いのなら他の者に変えるか? と、提案したかっただけだ。あと、お前らは黙っていろ」  親分に睨まれ、狼と貝は掠れまくった口笛を吹いて目を逸らす。 「まったく……。それでどうだ? 赤犬の子よ。ホクトは敵意にいち早く反応でき、走る速度も、まあまあ速い。守るよりは一緒に逃げることに長けている。勇敢であるし、共にいて嫌な気分にさせないようにと気も遣える男だ。悪くないぞ?」 「……」  ニケは白衣の中で考える。  ちらっと顔を出してホクト目が合うと、彼は「お好きに」と肩を竦めた。……口元がにやけているのは、親分に褒められまくって照れているからだろう。ミナミにどすどすと肩を殴られているが意に介していない。 「えっと……」  畳に視線を落とす。  ――せっかくきてくれたのに、苦手というだけで追い返すのはいかがなものか。  だが護衛と言うからには、四六時中ニケの側にいることになる。落ち着かない人物が近くにいては気が休まらない。  ニケとはいえ、苦手な生き物はいる。というか、怖くて白衣の中から出られない。 「……」  もう一度、狼の彼に視線を向ける。  丹狼の兄ちゃんはそろそろイラついてきたのか、「いつまで殴ってんだオラァ」と、またミナミと喧嘩を始めていた。 「あ。ここでは大声は禁止だよ? 病院だからね」  キミカゲが教師のように手を叩くと、ふたりはすぐさま膝をつく。 「し、失礼しましたっす!」  ミナミはすっとホクトを指差す。 「申し訳ございません。こいつのせいで」 「テメエェ!」  元気が有り余っているふたりに、キミカゲは頭が痛そうに額に手を添えた時だった。 「うう……。ああああ。ううっ、いたい……!」  隣の入院部屋から、呻き声がした。  フリー君が目を覚ましたのか、とキミカゲが振り向くより早く、ニケは白衣から飛び出す。 「フリー! 起きたか?」  外す勢いで戸を開けると、薄暗い部屋の中、白髪の男が蹲っていた。  寝衣は乱れ、頭が痛むのかかきむしるように抱えて、布団の上で蠢いている。  あまりの痛々しさに、ニケは呆然となりかけた。すぐに固まっている場合ではないと頭を振って、彼に駆け寄る。 「おい! しっかりしろ」  僕がわかるか? と肩に伸ばした手が、パシンと振り払われる。 「え」  拒絶されたことに硬直しかけたが、フリーは口元を押さえると背中を丸めて嘔吐した。 「っ、おええぇぇ……っ!」 「お、おい!」  びちゃびちゃと布団の上に内容物が広がる。ろくな食事を摂っていないため、水っぽい胃液が吐き出されただけだった。  フリーが手を振り払わなければ、これがもろにニケにかかっていた。  酸いにおいが立ち込めるが、ニケはカッと頭が熱くなる。 (こんな時くらい、自分のことだけ考えてろ馬鹿!)  怒りで握った拳を何とか解き、背中を摩ってやる。暑さのせいもあり汗を吸い込んだ衣服は重く冷たかった。  構わずに手を動かす。背中を上下に摩られると、吐きやすくなるそうだ。  吐いても良いように枕元にタライが置いてあるのだが、手繰り寄せるのが間に合わなかった。 「ご、ごめ。布団、汚……ううっ」 「そんなことどうでもいいわ。お前さん、本当に馬鹿だな」  吐き捨てるように言うと、清潔な手ぬぐいを何枚か抱えた翁が入ってきた。 「おやおや。ちゃんと吐いてえらいね。ホクト君、ミナミ君。良ければお湯を用意してくれないかい?」 「「はっ」」  頼むと、二人はすぐに動いてくれた。部屋へ上がり込み、炊事場へ向かう。 「オキン」 「いちょうと柚神(ゆずがみ)、あと口唇(こうしん)の葉を用意すればよいのだろう?」 「うん」    言われるまでもなく、薬棚の引き出しの中と炎樹(えんじゅ)の上に散らばっている草花を選んで籠に入れていく。どれも頭痛と目眩を緩和し、荒れた胃を保護する成分が含まれている薬草だ。  キミカゲの甥っ子たちはある程度の、またはキミカゲ以上の野草の知識を身につけている。彼らの母親が丈夫ではなかったゆえに。 「ううっ。……かはっ!」 「ほら、吐ききってしまえ。その方が楽だぞ」  懸命に背中を摩りながら声をかけ続ける。  昏睡状態から覚めるなり戻していたし、昨日も水分摂取した数十分後にえずいていた。あまりに苦しそうで、キミカゲに吐き気止めの薬を頼んだのだが、薬師は首を横に振った。  ニケは吐かない方が良いと思っていたのだが、キミカゲ曰く、戻すのは身体の防御反応で、悪いものを体外に出す意味がある。それに、吐くことで頭痛がおさまる人もいるようだ。  なので時と場合にもよるが、吐くことを我慢するのはあまりいいことではないのだと。  震えるフリーの横に両膝をつき、前髪をかき上げるように額に手を添える。キミカゲの手はひんやりしていて、心地好かった。 「熱はないね。ニケ君、着替えを」  持ってきてと頼みたかったが、幼子の顔に「離れたくない」と書いてあったので、キミカゲは竜の背中に声をかける。 「オキンー。替えの衣類持ってきて」 「竜使いが荒いぞ」

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