26 / 101

柚子side

◇  重い瞼をゆっくりと開けば、見飽きた白い天井が視界に入った。乾いた涙で目尻が痛いし、擦りすぎたからか瞼も目頭もヒリヒリしている。  寝返りもうたず首だけ動かして窓のほうを見れば、カーテンの隙間から日の光が差し込んでいた。普段ならカーテンもまだも開け、洗濯物でも干しそうな良い天気だというのに、俺はその光をぼんやり眺めた後、再び目を閉じた。  ずっとこの繰り返しだ。  長い間目を瞑っていると、次に開いた時には白い天井も日の光も見えなくなり、真っ暗な空間が広がっている。  考えると辛くなるからとにかく目を瞑る。そうすると意識がぼんやりとしてきて、気を失うように眠ることができる。  ここ数日、トイレとお風呂、あとは食事とも言えないほどのものをお腹に入れる時、それら以外はずっと布団の中にいた。  それでも、目が覚めてしまうと、あの日のことが鮮明に思い出される。  津森さんだと分かった時の動揺と吐き気、どうにかしようと心配してくれていた橘くんに突きつけてしまった俺がゲイだという事実、そして過去のパートナー。俺があれほど涙を流した原因の人。  見たくないものを見せ、一方的に関係を終わらせてしまった。  最後に橘くんの顔を見ることができなかったのは、これまで真っ直ぐに真剣に向けられていた彼の温かい眼差しが、軽蔑を含むものに変わっているかもしれない恐怖があったから。  これからもう、大学内を顔を上げて歩けないかもしれない。今までどこからやって来るか分からない橘くんを探しながら歩いていたけれど、それも不要だ。 「……はぁ」  ここまでくると、俺が不幸なままなのは、やはり俺自身のせいなのだろう。  生まれて来たことを後悔しているわけじゃあないし、自分の存在価値を否定したいわけでもない。  それでも、この世界がそうはさせてくれない。常に怯え、些細なことにも過剰に感謝し、失えばやはりこうなるのかと諦め、それでも顔を上げればまた、その決意も裏切られる。  何もかもが嫌になるよ。    どうして男同士の恋愛は、白い目で見られるのか。どうして男同士じゃあ結婚できないのか。  皆と同じように相手を大切に思い続けたい、ただそれだけなのに。  ゲイだとかホモだとか、同性愛者だとか。まるで逸脱者と言われているようだ。  人が人を愛するだけの行為に、何の違いがあるっていうの?  何のために“普通”を決めるの? 俺たちを枠の外に出すの?  ……でもどうして、そんな世の中で俺は異性を愛せないのだろう。  考えれば考えるほど分からなくなる。  頭が壊れそうだ。心がキリキリとして、その痛みが全身に伝染する。  どうして、どうしてと、問ばかりが憎しみと一緒に膨らんでいく。  手を繋いだり、腕を組んだり。楽しそうに微笑み合って、二人で幸せを共有して。  そういう恋人同士なら当たり前のことを、羨ましいと思っていた。俺もいつか、そんなことができたら良いな、その願いが叶ったら良いなと。 「……っ、うぅ、」  苦しい。この痛みを感じ続けることも、誰にも共有できないことも。 「ふう……」  時間を見ようとスマホに手を伸ばし、長らく触れていなかったからか冷んやりとしているそれを握ると、パッと画面が光り通知が来た。  まだぼんやりとしたまま、ゆっくりとその通知を押すと、いつも一緒に過ごしている友人の高岡(たかおか)からだった。 【真宮ー、生きてるー?】 【お前、何日休む気だよ】 【今日、夕方行くから】  高岡は一年の時から俺に良くしてくれている友人で、今ではもう親友と言える仲になったのではないかと、個人的には思っているくらいだ。  去年の終わり頃に、気さくな彼に好意を抱いてしまったこともあったけれど、彼に彼女ができたことを機に、自分の気持ちに区切りをつけた。  絶対に関係を壊したくなかったし、元々告白するつもりすらなかったけれど。  ただ、彼への気持ちを温めることをやめたからこそ、津森さんに出会うことになった。この後にネットで出会いを探したから。  どうしたってノンケと自分がどうにかなることはできないし、でも高岡と恋人として当たり前に横に並べる彼女を羨ましく思ってしまうしで、そういう自分のネガティブなところを整理する意味でも、自分も誰かと関係を育んでみたかったんだ。

ともだちにシェアしよう!