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柚子side

 高岡は入学直後から俺に話しかけてくれて、地元から遠いこの大学に来て戸惑っている俺は、それに救われた。  高岡にとってはここは地元の大学だから、「そんなに遠いところから来たの!?」と驚かれたことを今でも覚えている。  ようこそ、困ったことがあれば何でも言ってくれと、そう言って彼は笑っていた。すぐに慣れるし、ここが好きになるよ、とも。  高岡の雰囲気には親近感があったし、本当にここでの生活が楽しいものになるような気がした。  今まで歓迎されたこはなかったから、彼の言葉がすごく嬉しかったし、ここでなら新しいスタートが切れるんじゃあないかと、そんなことも思った。  実際、彼のおかげで楽しく過ごせていたし、もちろん彼女ができてからも俺とも変わらずにいてくれて、友人とはこういう関係なんだ、と彼のおかげで知れたと思う。 「……ふ、ぅ、」  きっと、“ふつう”の人には分からない。高岡がくれた、あれだけの内容で涙が出そうになるほど心が満たされることも、何度も見返してしまう気持ちも。  いつか俺がゲイだとバレてしまい、また居場所がなくなるのではと、そんな不安を常に抱えてきたからこそ、些細なことにさえ救われる。  バレたからと友人でいることをやめられたら、その人とはそれまでだったということなのかもしれないけれど、俺の場合はそれだけでは済まされないから。  今までの周りの反応が、いやというほどその現実を突きつけて来る。高岡だったら受け入れてくれるかもしれない、とも思うけれど、それは俺の勝手な願望だし、そうじゃあなかった時があまりにも怖い。   だから絶対にバレないようにと、ずっと頑張って来たつもりだった。高岡みたいに彼女は作れなかったけれど、合コンには何度か参加したし、女の子とデートをしたこともあった。  どうしても思考がじめっとしたところがあるから、関わりにくい人に見られないようにと、髪もそれなりに明るい色に染めてみた。  とにかく大学では、平和に過ごしたかったから。  それなのに、俺が悪いとはいえ、橘くんにバレてしまった。  橘くんとは何年も過ごしてきた仲ではないし、出会ってまだそこまで経っていない。  それでも一緒にいられる時間は楽しくて、居心地の良さもあった。そんな人に知られてしまったことは、俺の中では精神的にもかなり大きなこと。  もし仮に受け入れてもらえるにしても、それは時間がかかるものだ。  けれど、わざわざ時間をかけてまで俺について理解したいと思ってもらえるほど、橘くんと多くの時間を共有していない。  出会ってからこれまでよりも、その事実を受け入れてもらえるまでの時間のほうが長ければ、きっと無理だ。  また一人、俺から離れていってしまう。それに、突然後輩に囲まれていた俺が、急に話さなくなれば、高岡も不自然に思うだろうし、いつか橘くんに聞くかもしれない。  そうしたら、橘くんは高岡に話すだろうか。話しかけてくれていたみんなにも、あいつはゲイだから近づくなと、そんなことを言われてしまうのだろうか。  あーあ、もっと笑顔のままで過ごしたかった。友人に囲まれて、時間を共有し、一緒の思い出で胸を満たし、笑い合って過ごしたかった。それが、当たり前になってほしかった。  こんなことを言うと、まるで人生が終わるかのような言い方に聞こえてしまうかもしれないけれど、今までもそしてこれからも、ずっと差別の中で生きていかなければならないのなら、別にオーバーでもないはずだ。  こうして必要以上に悩み、考え、苦しむ日々を抜け出して、あんな時もあったなと笑い話にできる日など来ないのだから。  環境が人を作ると言われる理由が、俺にはよく分かる。自尊心も自信も、小さい頃に全て無くした。  変わることも大切だと分かっているけれど、この世界で恋愛対象が男である限りは無理な話だ。   「ふー……」  俺は入力画面を開くと、ゆっくりとボタンを押し、高岡に【ありがとう。待ってる】とだけ返した。 【おぉー、待っとけ待っとけ。もう向かってるから。お前の好きなプリンも買ってくわ】  すぐに送られて来た返信と、変わらない高岡に安堵する。数日ぶりだけれど、彼の顔を見て話せるのは嬉しい。  会って、いつものカラッとした感じで接してもらえたら、その瞬間だけは頭の中がすっきりするかもしれない。  ベッドから立ち上がり、カーテンを開けてみた。さっきまでの自分なら、この行動すらできなかっただろう。  外には夕焼けが広がっており、その景色を綺麗だと思える余裕ができたことに感謝した。

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