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白百合の章61

――――― ――― ――……  夜が更ける。  絶え間なく飲み続けていた吾亦紅は泥酔してしまい、縁側でぐっすりと眠りこんでしまっていた。度々「飲み過ぎだ」と注意していたはずの玉桂は、そんな彼を見て溜息をつく。吾亦紅を抱えて、寝室に運んでやった。 「君の目に――久々に見た咲耶の魂は、どう映ったのだろうな、吾亦紅」  吾亦紅を布団に寝せてやる。そうすれば、吾亦紅の着物がはらりとはだけた。隙間から覗いたのは、腹に残る大きな傷跡。かつて――吾亦紅が盗賊に胎児を殺されたときにつけられた、哀しい傷だ。玉桂はあの時の悲劇を思い出し、ぐっと眉を潜めながら、着物を正してやる。 「ん、……」  吾亦紅が身じろぐ。  寝ている時の吾亦紅はあどけなくて、普段の呪いにも似た恨みに囚われた彼とはまるで別人だ。きっと、この吾亦紅が本来の吾亦紅だったのだろうと思うと、玉桂は哀しくて仕方なかった。  どこから狂ってしまったのだろう。もしも咲耶が存在しなければ、彼はこうして苦しむことがなかったのだろうか。その可能性は、否定できない。しかし玉桂は、咲耶がいない人生を、考えられなかった。織が存在しない人生を――考えられなかった。  咲耶の呪いによって狂ってしまったのは、玉桂も同じ。人格を破壊されるほどの執念に囚われ、世界が崩れ落ちてゆくような、そんな心地を生きていた。しかし、それから救われたときに知った、世界の美しさ。織へ恋をした時に知った、希望。あの眩しさを知ってしまえば――咲耶に出逢ったことを、悲劇だとは思わない。咲耶と過ごした日々へ、心からの祝福を送れる。 「どうか、君も救われてほしい。そして、櫨と過ごした日々を思い出して、笑うことができるような――そんな君を見せてくれ」  玉桂は吾亦紅に布団をかけてやると、そっとその頭を撫でてやった。

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