「銀杏白帆といふ役者」
時は大正時代。東京浅草で新歌舞伎の女形をしている銀杏白帆が声変わりで舞台を降板し、吾妻橋の向こうに住む作家、渡辺舟而もとへ転がり込むことから、この物語は始まります。
「先生、お願いでございます。私を女にしてください」
突然の申し出に驚きつつも、白帆の真剣な眼差しに絆された舟而は、条件付きで彼を受け入れることにします。
犯した罪の意識に苛まれながら日々を過ごし、これからもそうして生きていくのだろう。そう思っていた舟而でしたが、白帆という一人の役者に出逢い、彼の人となりを知るにつれ、自分の生き方に迷いが生じてきます。
そして、ライバルの出現により、舟而の心は大きく揺らぎ始めるのです。
(本編を読んで頂きたいので、その先の内容は割愛させて頂きます)
主人公二人の魅力は元より、彼等を取り巻く人々も個性豊かです。
辛い過去を抱いたまま、前に進む者。
辛い過去を乗り越えられず、開放される道を選ぶ者。
才能に嫉妬し、陥れようとする者。
才能に嫉妬しながらも、認め支える者。
家族を愛し、守る者達。
そして、幸せも苦難も分かち合い、運命を共にする主人公二人。
登場人物達の心の動きが深く描写されているだけでなく、大正時代の文化から日常生活まで、知識がない私でも違和感を覚えない程、分かりやすく描かれています。読みながら情景が浮かび、自分があたかもそこに居るような錯覚に陥りました。
キャラメルの意味に涙が溢れ、タイトルに込められた想いに触れた瞬間、感情の高ぶりが堪えられず、涙腺が崩壊しました。
大正時代の社会的背景と新歌舞伎の文化的背景。普段の生活とは馴染みのない特有さに、近寄り難い印象を受ける方もいらっしゃるかもしれません。私もそうでした。まずは読んでみてください。読み進めていくうちに親しみが湧き、読み終えた後に、切なくとも温かな余韻が残る素晴らしい作品だったと思って頂けることでしょう。
有平宇佐という作家様へ最大級の賛辞を贈ると共に「銀杏白帆といふ役者」という素晴らしい作品に出逢えた事に心からの感謝を込めて――。
「よっ、銀杏屋!」