登場人物が繰り広げる駆け引きにのめり込みます
クズ主人公と言う珍しいタグに惹かれて拝読しました。 実際、主人公である智暁の人間性は、お世辞にも健全とは言えません。同期生の壱星とはその瞬間の荒れた感情を誤魔化すために身体だけの関係を持ち、金銭面でも勘定面でも尽くさせては平然と受け取る。幼馴染であり、想い人でもある蒼空には、かつて子供じみた嫉妬から傷付ける言葉をぶつけたにも関わらず、再会後も謝罪出来ずに宙ぶらりんの「友情」を引きずり続ける未練たらたらぶり。 それも仕方が無い話なのかも知れません。夜と昼を橋渡しする明け方の男はどちらにも属する事が出来ないのですから。 前半の壱星との爛れた、まるで彼らが過ごす関係と浪費する時間そのもののようなじりじりした話の進行は怠惰なようでいて悪徳の官能性がぷんぷんと匂い、もどかしさすら募ります。 だからこそ、そこから蒼空との仲が修復されてからの怒涛の展開に、読者も智暁と共に翻弄され続けます。酷く近眼視的な一人称は、まるで暗がりの中を手探りで歩くような不安さを覚えさせられました。これは登場人物達の心理戦に参加させられるスリルとなり、ページを捲る手が止められなくなってしまいます。 繰り返しますが、智暁は本来、唯一輝いて見えた壱星を本来取り巻いていた闇の世界にも、ぶれる事なく明るく澄み渡った蒼空の世界にも、どちらにも属する事が出来ない存在です。清も濁も理解する彼の人間臭さはしかし、この物語である意味一番普遍的で、正常な存在と言えるのでは無いでしょうか。だからこそ私達は最後に歩み出した2人へ微かな軋みのようなものを覚えるのではないでしょうか。 夜明けの後にある嘘のない世界で、果たして智暁はどう生きていくのか。番外編によってとうとう光の中に飲み込まれた智暁の姿に、ご愁傷様、彼のこれからに幸あれ……と思わずにはいられませんでした。 一度読み終わった後、再び頭から読み直して、登場人物達の機微をあれこれ拾い上げ探究したくなる、ボリュームたっぷりの素晴らしい物語でした。有難うございました。