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第8話 口実
家族のことや、いつからゲイだと気付いたのかなど、安藤が本当に知りたかったことは結局聞けなかったものの、趣味の話や休日は何をしているか、学生時代の部活は何だったか、今の仕事の人間関係はどうかなど――そういう一般的ことは知ることができた。
仁は見た目だけだとアウトドアっぽい遊びが得意そうに見えるが、趣味は読書と映画鑑賞という意外とインドア派だった。安藤の趣味も似たようなものなので、好きな映画の話が一番盛り上がった。
そして今夜はラブホテルにも仁の部屋にも行かずに、バーを出たら解散することになった。
「うわ、外寒っ!今年は暖冬だけど、やっぱり夜は冷えるね」
「うん、でも12月にしてはあったかい方かも……お酒のせいかな?」
「そうかもね」
安藤と仁の向かう先は真逆なので、途中まで一緒に歩きながら話すこともできない。なので二人は必然的に、バーの入っているビルの前で別れの挨拶をすることになる。
「俺としては今夜も優介さんを抱きたかったけど、昨日結構激しくしちゃったから今日は身体がきついでしょ」
「ん……」
キツくないと言ったら嘘になる、けど。
「お酒も結構飲んでたし、今日は家でゆっくり休みなよ。週末、映画楽しみにしてる」
先月公開された、観たいと思っていた映画が被ったので一緒に行こうと約束したのだ。
「うん、俺も。あのさ……」
――もう少しだけ、一緒に居てくれないか?
「ん?」
「……なんでもない」
なんて、甘えたことが言えるはずもなく。
今日仕事を休んだ安藤はともかく、仁は昨日あれだけ激しいセックスをしたあと、朝から仕事に行っているのだ。ゆっくり休むべきなのは安藤ではなくて仁の方だ。
自分の方が年上なのだから、甘えているばかりでなく仁のことを慮ってやらないといけない。
「……ねえ優介さん、ここに来るときは絶対に俺を呼んでね」
「え?」
ここというのは、今までいたバーのことだ。
「優介さんかっこかわいいからさ、一人でいると変な奴にお持ち帰りされそうで心配なんだ」
「それはないと思うけど……」
安藤は、自分が全くモテなかったのはハロウィンパーティーのときに身に染みている。
結局声を掛けてきたのはあの黒田とかいう男と、仁の二人だけだ。
「そうかな?でも俺にお持ち帰りされたじゃん」
「それはその……仁がかっこよかったからだよ」
「ふふ、ありがと。ねえ約束してくれる?ひとりではここに来ないって」
安藤のことが心配というのは事実だろうが、きっと口実だろう。
そこまで安藤に知られたくないことが、仁にはあるのだ。
「……分かった」
(でもなんか、それって……)
「優介さん、セックスはしないけどキスはしてもいい?あと、抱きしめたいな」
「もちろん、いいよ」
そんなの、断れるはずがない。
すると仁はビルとビルの間の路地に安藤を連れ込み、自分が道路に背中を向ける形で安藤を抱きしめて、唇と唇がぴったり合わさるように口づけてきた。
「優介さん、好きだよ……大好き。本当は帰したくない」
「ふぁっ……ン……仁っ……」
――帰さなくてもいいのに。
言葉にはしなくとも、表情や仕草で仁には伝わってしまったのだろうか。
顔が離れたとき、仁は微笑んでいた。
「?」
「優介さん、終電までまだ時間ある?」
「ある……けど。仁、バスは?」
「まだ大丈夫。だからもう少し、一緒にいようか」
「っ、うん……!」
自分はどれほど嬉しそうな顔をしていたのだろうか。仁は今度はクスクスと笑いながら、安藤の頭をよしよしと撫でてきた。まるでペットか、小さいこどもにするように。
「ちょ、俺の方が年上なんだけど!?」
「だって優介さん、可愛すぎるんだもん。――寒いから、そこのファミレス入ろう?」
「……うん」
もし仁以外の年下の男にこんなことをされたら、いくら温厚な安藤でも秒でキレる自信がある。でも、仁に甘やかされるのは少し恥ずかしいけど、心地いい。
年上なのにダメだなあと思わないこともないが、出逢いが出逢いだったので、しょうがないともいえる。
「いつか、俺の方が仁のこと甘やかしてやるからな」
「ん?何か言った?優介さん」
仁には聴こえないくらいの小さな声で呟いたので、聞こえなかっただろうと安藤は思う。
だけど、仁は分からない。
まだ数回しか会ったことがないのに、安藤のことは全てお見通しだ、という目で見つめてくるのだから。
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