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6.Hello buddy(よろしく、相棒)

BAR blue spring。閉店後の店内に客が1人いた。 「で、どうでした?昨日」 売り上げを集計し紙にボールペンを走らせている桜野の手を見ながら、白島は氷だけになったグラスを揺らした。 「どう…って言われてもなァ」 「彼、強いでしょう?」 「まあな…」 昨晩の仕事は何事もなく、テルの腕前を拝見して無事に終わったのだった。 「困った問題が無いのなら、このままパートナーになればいいじゃないですか」 「ううん…」 組織に雇われていないフリーの運び屋は、基本的には2人一組になって仕事を行う。2人以上であれば何人でもいい。危険度から、どんなに強かろうが1人では仕事をしないのが一般的。 勿論例外もある。 テルをパートナーにするにあたり気が引けるのは、やはりその見た目故だが。 2人で並ぶと兄弟か、もしくは親子としてカモフラージュできるメリットもある。 その時、ドアの開く音がした。 1人の少年が黒いポンチョを纏い闇の中から現れ、悶々とする白島の隣の席まで近づいた。 「いらっしゃいませ」 笑顔で出迎えた桜野は作業の手を止め、カウンターの客席を覗き込む。 「何かお飲みになりますか?」 静かに首を振ったテルは椅子に腰をおろすと、どこか遠くを見つめている。 白島はその横顔を眺めながら結露したグラスをカウンターに置いた。 「テルくんよ」 「…」 此方を振り返る無表情に白島は真剣に問うた。 「お前は俺がパートナーで異論は無いのか?」 「無い」 即答。そのやり取りに桜野が笑い声を漏らす。 「良かったじゃないですか」 こんなに早く新しく相棒が決まるとは。白島は酸っぱい顔で空っぽのグラスを口に運んだ。口内へ入ってくる液体は何も無い。 「気になってたんだが…お前はどこに住んでるんだ?」 まさか両親と一緒に暮らしているわけではあるまい。 テルはポンチョから手を出すと人差し指を天井にむけた。 「上…」 「上?」 つられて見上げるが、天井には照明が光るのみだ。 向かい側から桜野が代わりに説明を始めた。 「彼、このビルの上の階に身を置いているんです。この街にきたばかりで住むところをまだ見つけられないみたいで。なにせ…見た目が未成年ですからね。身分証明の類は無いんですって」 「上の階って、ここ廃ビルだろ?何もないじゃねえか」 寝袋にくるまって過ごすテルを勝手に想像する。そんな環境で過ごしていると、仕事に支障がでないとは限らない。 白島は仕方なく孤独な少年を迎えることにした。 「じゃあウチ来いよ…もともと二人で使ってたから今は一部屋余ってる。どうせこれから一緒に仕事するんだから文句ねえだろ?携帯も持ってねえんだろうし」 白島の提案を聞いたテルは目を丸くして大きく頷く。 「ふふ、いよいよ立派な保護者ですね」 「うるせえよ!」 クスクスと笑う桜野を一喝してカウンター席を乱暴に降りた。 * 白島の住むマンション、八階。南西向きの部屋、2LDK。 風呂から出てきたテルにとりあえず己のTシャツを被せてソファへ座らせた。 何日風呂に入っていなかったのかは知らないが、これで少しは小綺麗になった。と、満足そうに煙をくゆらす白島は脚を組んで椅子に座り直す。 「よし、ここに住むに当たって一通り説明するからよく聞きやがれ」 タオルで髪を拭きながらテルは頷いた。 「先ず、俺は家にいる間は極力自炊派だ。食わねえときは前持って伝えろ。家事は手伝え。部屋は奥のを使え、中は好きなようにしてくれて構わん。これが俺の番号だ」 電話番号を書いた紙切れとついでに部屋の鍵を渡す。 「合鍵は絶対に無くすなよ。ここにある備品も食糧も家電も自由に使える。その他は生活しながら教える。以上だ。何か質問はあるか?」 掌にある紙と鍵と白島とを交互に見つめながら、テルは首を振った。風呂上りの蒸気した頬がより一層見た目に相応しく少年らしさを醸し出している。 白島は短くなった煙草を噛みながらビシッと指を差す。 「お前が相棒になった以上、仕事に支障が出ないようにするために出来るだけ協力してやるし、家の提供も惜しまねえ。けどなあ俺が完全にお前を信用した、とは思うなよ。変な気でも起こしやがったら容赦無く叩き斬るからな。分かったら返事」 「はい」 よし、と頷いた白島は立ち上がると刀と脱いだジャケットを手にとり自室へ向かう。それを小さな声が呼び止めた。 「白島」 「…あん?」 振り返れば真顔のままのテルが何かを言いた気にもごもごと口を動かしている。 「なんだよ」 「………ありがとう」 絞り出されたような声量は余りにも小さかった。しかし聞き取るには充分だ。鼻で笑い飛ばすと、白島は部屋の戸を開けた。 「白島さん、だ。馬鹿野郎」

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