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スーパームーン
『熱っ!』
「どした?」
『いや、フライパン触った‥‥』
「ばかだな、直ぐに水道で冷やせ。水は流しっぱなしでだぞ。痛くなるまでだぞ」
『既に痛いよ』
「冷たさで痛くなるまでだって」
『お袋かよ‥‥これでいいわけ?』
「電話じゃ見えないつーの」
『笑うな』
「外だと大声で笑えなくて残念だ」
『だから笑うなってば‥‥今どこ?』
「もうコンビニ出た。フライパンは?」
『やべ。ぅし、火ぃ止めた』
「酒は買ってないぞ」
『えー』
「ちゃんと話聞くって事。火傷どうだ?」
『もう水止めていい?』
「んーいいんじゃない?着いたら見てやるよ」
『ん。あー手ぇ冷てー』
「芋は?焦げた?」
『待って‥‥あ、チーズいい感じに溶けてる』
「まさか芋の千切りでまで手ぇ切ってたりと」
『そこまでドジじゃねーよ!』
「あっはっは」
『‥‥ごめんな、呼び出して』
「今夜はスーパームーンだってさ。夜中に歩くのにちょうどいいだろ」
『‥‥雨じゃん』
「いいのいいの。‥‥じゃ、あれだ、そのフライパンの中身がスーパームーンだ」
『‥‥』
「黄色くて円いだろ」
『なんだそれ』
「あ、そろそろ着く。階段声響くから切るわ」
『ん』
「おじゃまー」
「来てもらって悪かったな」
「ほら、麦茶ときんぴらと唐揚げと、あと煙草」
「あ、ロールケーキ入ってる」
「ロールケーキもお前の奢りな」
「いいよ」
「いいのか?」
「来てもらったからさ。ありがとな」
「いいって‥‥芋どれ?」
「これ‥‥」
「あ、美味そう。そうだ、火傷は?」
「んー、こんな?痛くはないよ」
「そうか。よかったな」
「麦茶開けていい?」
「どうぞどうぞ。お、グラスさんきゅ。‥‥何?」
「いや、きんぴらの皿‥‥」
「袋のまんまでいいだろ。‥‥座れよ」
「‥‥、ん」
「いただきます」
「いただきます」
「千切り頑張ったじゃないか」
「こんな、誰でも出来るって‥‥ありがと」
「美味いよ」
「へへ」
「‥‥で、向こうは何て言ってきたんだ」
「ん‥‥」
「言えよ」
「‥‥お前の知り合いに石田っているじゃん」
「ああ」
「あいつに乗り換える、って」
「え、乗り換えるなんて言い方したの? あの女が?」
「ちが、‥‥私が本当に好きなのは石田さんみたいです、ごめんなさい、ってさ」
「じゃあ良かったじゃないか」
「来ないんだよ、あれだけあったメッセージも電話も! 一つも! 逆に怖いって!」
「それ全部、今頃石田に向かってんだろ」
「‥‥石田ってどんな奴?」
「んー、重い奴?」
「重い?」
「ああ。常に誰かから連絡来てないと死ぬんじゃない? あいつ」
「そうなんだ」
「優しくしたがりでプレゼント魔。あの女にぴったりじゃないか」
「そっか‥‥」
「‥‥風に飛ばされた帽子を拾ってやったんだっけ?」
「そう。‥‥向かいから来た自転車が踏んだら危ないって思っただけだったんだ」
「けどまあ、そんな事くらいで恋に落ちるもん?」
「知らないよ。向こうが勝手に付き纏ってきてただけだし」
「俺なら、素の部分を知らない相手には惚れないけどね」
「知って幻滅して欲しかったよ‥‥」
「‥‥お前に幻滅するところなんて無いだろ」
「え、何?」
「その女が石田に幻滅しないといいな」
「そう、だね‥‥」
「淋しくなった?」
「いや、それは無い、絶対。‥‥あの二人、お互い迷惑だって思い合わないでくれたらいいな、って‥‥」
「ん?」
「石田って人と彼女が上手くいくといいな、ってこと」
「上手くいくさ。いってもらわなきゃ困る」
「‥‥そうだね」
「そうやって笑ってる顔の方がいいよ」
「ん‥‥」
「ほら、芋食おう、芋」
「そうだね‥‥あ、チーズ固くなってるかも」
「別にいいさ。お前が作ったもんなら何でも美味い」
「いいよ、温めてくるよ」
「‥‥ごめんな」
「何ー?」
「何でもねぇよー。温まったー?」
「んー。‥‥出来たよ」
「ん‥‥あはは、美味い」
「よかった‥‥スーパームーン、見られなくて残念だね」
「見たかった?」
「そりゃ知ったからには見たいでしょ」
「月を?」
「んー、夜だとさ、特に満月なんか、こう、見守ってくれてる感じがしない?」
「‥‥」
「太陽はさ、地球の全部を照らしてるでしょ? ‥‥でも月はさ、‥‥俺だけを照らしてくれてる‥‥みたいな」
「うん」
「俺を選んで、俺を見てくれてる、みたいな‥‥上手く言えないけど」
「分かるよ」
「ありがと。‥‥ああ、でも、そうだなー、いつでも出てるってわけじゃないんだよなー」
「ん?」
「三日月にもなるし、地球の反対側にあったら見えないし」
「そう?月なんて、たとえ雨でも雲の上にはあるだろ」
「あったってさ、見えてなきゃ在るかどうか分かんないじゃん」
「‥‥見えてなくたって、必ず地球の側にいるよ」
「側に?」
「側に。いつでも」
「‥‥そっか」
「‥‥」
「‥‥」
「火傷のとこ、どうだ?」
「ん‥‥ちょっとピリピリする、かな」
「見せてみな‥‥なあ、唾着けておいてやろうか」
「‥‥ばあちゃんかよ」
「‥‥」
「いいよいいよ、後で自分で舐めとく」
「‥‥そうか」
「手、放して」
「‥‥ん」
「大丈夫だって。心配し過ぎだよ」
「‥‥」
「あ、でもさ、お前が心配してくれるの嬉しいよ」
「そうか?」
「‥‥ちょっと違うかな、心配してくれるのがお前だから嬉しい、だな」
「‥‥やっぱり酒買いに行くか」
「うん、飲もう飲もう。なんか久し振りによく眠れる気がしてる!‥‥泊まってくだろ?」
「ああ」
「えと、俺の財布‥‥」
「あそこに‥‥」
‥‥‥‥
‥‥‥‥‥‥
‥‥‥‥‥‥‥‥
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