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水に触れる

待合の中央区駅前へ行くと既に阿部さんがいた。私服は今季のメンズファッションに入りそうなくらい格好良いかつシンプルで清潔感があった。あの大きなバッグの中に釣り用の服があるんだな。 「僕の分持ちます。」 待ち合わせの時間と同時とは言え、自分のリュックと釣りの道具が入ったケースを二つも持たせ、待たせていたのが申し訳なくなる。 「いいよ。迷子にならないようにね。」 いつもの澄ました顔で頭に手を置かれ、優しく言われる。腕は重たいはずなのに手のひらは優しかった。 どうしてここまで親切にしてくれるんだろうか。 お互い身長差があり、親子のように見えてしまうのが少し照れくさかった。 「うーん車で迎えに来るのが一番だったんだけど…まったり歩いて行きたいから歩きにしちゃったよ。」 「はは、ずっと気を使わせてしまってますね。僕。」 「そんなことないよ。ため口でいいから。」 突然自分の頭の中には初恋の相手が現れた。きっと男の人に優しくされたからだ…。どこにいても自分は楽しい気分にはなれないのかな。 優しくしてもらった分、初恋への罪悪感が膨らむ… 「どうしたの。固まっちゃってるけど…」 「あっ…!!ごめんなさい。ぼーっとしてた…」 「自分のペースでいいんだよ。辛かったらいつでも言ってね。」 「ありがとう…」 阿部は秀秋の詳細を知らないが、優しくされて少し顔を赤くしていることを見逃さなかった。 バスへ乗っている時もあまり自分の話はしなかったが、世間話をだらだらとしていた。バスの中にはリュックを背負った二人組の女の子がおり、何かイベントでもあるのかは分からないが何故か彼女らは私を見てニヤニヤしていた。 漁港へは案外早く着き、初めての釣りをすることになった。 「ぎょああああああ!」 「はっはっはっはこれで魚をおびき寄せるんだよ~」 「頑張って触りま…触る…」 びくびくしながら私は魚の餌に触れる。動きをよくみて落ち着いて少し触れる。手袋越しに触っているのにこの有り様だ。阿部さんは笑いながら見守っている。 「うぉお!」 私は驚きながら掛け声をあげて頑張って掴んだ。すぐに阿部さんは落ち着いた声で褒めてくれた。 「良くできました」 それを聞いて私は少し元気がついた。普段こうしてくれる人が周りにいない上に自分は褒められると何故かイライラしてしまう体質で、褒められて喜べるのは相手が限られている。自分でもどうしてかは分からないが。 「良いの釣れるといいね。」 私は振り向き一言微笑んでそう言った。意識せずに無意識に出てきた言動だった。とっさに言ってしまったのだ。何故だろうか… すると阿部さんの様子がおかしかった。彼は顔の口元に手を当てて下を向いた。何か考え事だろうか。 「どうかした?」 「あぁ、いや何でもないよ。急に来るからさ…」 (急に来るとはどういう事なのだろうか…?)

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