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二人は手を取り合って

「うっまいよ!」  彼は作った料理を口の中から溢れ出そうな程に頬張り、こもった声で伝えてくる。  私はそんな彼の姿をを見て止まってしまった。初めての感情だった。胸の内に何かがじわじわと染みてくる…。辛くもないし苦しくもない。 ー分からなくて、ただ怖いー  何なんだこれ…。  早くこの感情を解明しなければ私はどうなってしまうのだろうか。 「林くん…?林くん。」  私は彼の声に意識を引き戻された。  まだわずかに恐怖心が残っているのだが、話を続けようと思う。 「あ…美味しい?…良かった。阿部さん本当に料理上手だよね。」 「ありがとう。でもさ、一緒に作ったんだし、オムレツのテクニックには驚いたよ。実は料理たくさんしてるんじゃない?」 「ううん。指で数えられるくらい簡単なレシピを真似した事があるだけ…。」 「それだけでここまで美味しくできるならセンスあると思うんだけどな。」  彼は肘を机につき、頬に拳を当てて、私をまだ何か隠し持っているのではないかという探求心に満ち溢れた笑みで見つてくる。  しかし、私にはこれ以外何もないので目を反らし、少しうつ向きになって避ける。 「ねぇ、他にも林くんは何か作れるのかな」  彼の期待は止まることを知らないようで、どきっと胸を打たれてしまう。  できない事もないのだが、前回のように上手くはいかないのではないかと考えてしまい、応答に進めない。 「失敗を気にしてる?料理は失敗してなんぼだって分かってるはずなのに、どうしても怖くなっちゃうよねー。でも失敗しない人間なんていないんだよ。」  彼はあっけらかんと私の背中を言葉で後押ししたが、最後の一言は急に落ち着いた悟ったような声質だった。  もしかして、私の心に直接伝えたかったのかな。  彼の期待じゃなくて、彼の気持ちに答えないといけないんだ。きっとそうだ。 「シュークリームが作れる。いや作る。」  私は勇気を出した。まだ声は震えていて何もできない貧弱な冒険者のようだが、初めて誰かに答えるんだ。 「何か手伝うよ。」  彼は特に驚きもせず、目は澄まし、口角の上がった表情で私に協力する意思を示した。  彼に伝わったのかな。  実際にしている事は料理に違いない。だけど、心の中は彼に手を伸ばしている。そして彼も同じなんだ。 「うん。やろう。」  私は、ほほが緩み安心したような顔で彼に返事をした。この少ない言葉に対して互いの心はどれだけのストーリーを紡いだんだろうか。  もし私が初恋の相手と結ばれていたら今している事が同じようにできていただろうか。違うと思う。彼のような返事ではなく、ただ驚いて平然と期待を選ぶと思う。  阿部裕一郎は気持ちを選んだ。  その些細な事が、勇気を出したのはほんの一瞬だけど、私をここまで導いたのかな。 「水にグラニュー糖を溶かすよ。量は牛乳と水が全体の内1:1になるように。それから…」  説明する私の姿さえも彼は見逃さなかった。まるで恋人みたいじゃないか。  私は心を回復するだけで、恋愛はもうやめたはずなのだが。 「塩もいれるね。」 「うん。塩も溶けたら牛乳を入れてバターを入れるよ。でもバターを溶かす時に注意すべきなのは…」  彼は大方作り方を知っていそうだった。本当にセンスがあるのは彼なのではないかと考えたが、私が教えた知識は初耳だそうで、自分が役に立っているという事が嬉しかった。 「薄力粉入れるね。底に膜ができるまで転がして水分を飛ばすから、膜は削ぎ落とさなくていいよ。」 「分かった。これが終わったら卵かな。」 「うん。溶き卵はまずは大体三分の一。混ざりにくいから、とにかく手を止めないでね。」  協力して何かを成し遂げようとする事自体が久しぶりなんだ。完成したら彼はどんな表情をするのかな。  彼は直接私の心の中に伝えてくるときがある。完成したらどんな事を伝えてくるのかな。 「次はこのくらい。」  私が少しずつ溶き卵を加えて彼は混ぜる。このやり取りが楽しかった。 「卵の量は明確には決まってないんだよ。混ぜた生地を救えるだけ持ち上げて、落としたときに木ベラのふちに正三角形ができていたら終わり。」 「へぇ。なるほど。水分を飛ばしたのは溶き卵が浸透しやすいように?」 「そういうこと。基本シュークリームの生地は分離しやすいんだ。」  彼は腕の力を目一杯行使し、木ベラで生地を持ち上げて生地を落とした。見事な正三角形で、これ程までに綺麗に仕上がるとは思っていなかったので驚いた。 「これでいいかな。」  彼の混ぜる技術に感心した。 「うん。それじゃあクッキングぺーパーに絞り出したいんだけど、絞り袋ないよね…?別に無くても作れるけど。」 「チャック袋の角を切るとか?」 「そうそう。それがなくてもスプーン二本で大丈夫なんだけどね。」 「え、そうなの?でも形が歪になっちゃうんじゃ…」 「実はシュークリームは溶き卵で形を修正できるんだよ。だから安心して。」  私は朗らかな表情で彼に知識を披露する。役割分担もしていないのにこうして互いが楽しく料理をして、話をしている。  初恋の相手と私でこういった事はできないのかな。  あんなに好きだったのに他の男とこうして楽しく過ごしているのをあの人が知ったら、安心してしまって、私の恋愛について心配することもなくなり、私とあの人は完全に切り離されるのだろう。  もしかして私は心をこうして傷つけることで好きであることを表し、初恋を繋ぎ止めようとしているのかもしれない。もっと他に方法は無かったのかな。 「よーし、絞り袋できた。コップ使って入れていくねー。」 「…うん。絞り方分かる?」 「分かるよ。俺すんごい上手いから。」 「助かるよ。ドーム状に絞ってね。最後に形の調整の仕方教えるから。」  彼が生地を絞り出している間に私は使用した器具やボウルを洗った。  横目で観察していると、菓子作りに集中している姿はまるで子供のようで少し可愛らしく見えた。  彼はどうして私と一緒に話そうと思ったり、連絡先を交換しようと思ったり、釣りにいこうと思ったりしたのか。  普通私みたいな人間は面倒くさいはずなんだ。何が彼を私という一点に向けて動かしているんだろうか。

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